320【嘗糞】 出典・呉越春秋・勾践入臣外伝
《 意味 》

 甚だしく人にこびへつらうこと。これは越王勾践と呉王夫差にまつわる故事によるものである。「嘗」は、なめるの意。便をなめて、その苦い甘いから病を診断することは、古代中国では医学上で行なわれていたたようで、『南史』の庾黔婁伝にも親孝行な子が医者に言われて父の病状を知るために父の便をなめたとの話も伝えられている
 
《 訳文 》

 (越王勾践は呉王夫差に捕えられていたが、夫差が病にかかったとき、夫差の便をなめて病の状態をみるように命じられ、勾践は夫差の便をなめて言った)。「以前、私の師から便は食べたものの味にしたがうと聞いておりました。・・・・・今、わたくしが大王の便をなめましたところ、苦くて酸っぱい味がしました。その味は春夏の自然のめぐりにしたがうものでした」

 
《 原文 》

 下臣嘗事師、聞糞者順穀味・・・・今者、臣窃嘗大王之糞、其悪味苦且楚酸。是味也、応春夏是気

 下臣嘗て師に事え、聞くならく、糞は穀味に順う、と。今者、臣窃かに大王の糞を嘗めるに、その悪の味、苦く且つ楚酸なり。この味や、春夏の気に応ず

《一言多い解説》

 お小水を飲むマニアックな儀式もある。

 

   

   
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