EXIT
松橋 帆波様  お酒のたわごと   
   第23話     2月11日

 「Suicaがそうでしょうよ」
そこまで聞いて、彼の説明に合点がいった。勿論Suicaとは、JRの非接触型ICカードのことである。最近の様々な詐欺の手口を肴にハイボールを呷り、ICカードになれば、偽造は出来ないという話しをした時に、我々はその男の訪問を受けた。

 彼の話では、スキミングの技術は報道の遥か先を行っていて、カードを手に入れなくても、非接触状態でデータを読み取る事ができるらしい。
つまりカードの入った財布をポットに入れているだけで、鞄に入れているだけで、理論的にはデータを盗む事が出来るという。原理としてはフレミングの右手だか左手だかの法則、電磁誘導とかなんかそういうものがベースのようで、それプラス携帯メールと同じ電波によるデータ送信技術の組み合わせで、カードの磁気データを読み取り、コピーする事が出来るようだ。いんちき臭い話しだなと聞いていたが、Suicaを例に挙げられると、なるほどと思ってしまった。Suicaは、あの状態、あのスピードでデータのやり取りを行なっているのだから、データの書き込み、読み取りのシステムが同じなら、自動改札機じゃなくても理論的には可能だろう。テレホンカードの偽造が問題になった時に公衆電話機そのものが盗まれた事があったが、彼の話では、駅の自動改札機やSuica対応の券売機自体が盗まれてしまう事件も起こるかもしれない。いずれにせよこの手の犯罪は、開発者側と犯罪集団とのいたちごっこになっていく。誰かが被害に遭うことで初めて、次の被害を防ぐ対応が取られるのだ。

 非接触でデータを盗まれるのならば、電流・磁界・電波からカードを守ってくれるカードケースや財布、そういう仕様のビジネススーツ等が売り出されるかもしれない。
男は話しを続ける。
今、スキミングより気を付けなければならないのは「合併詐欺」らしい。平成の大合併の掛け声の下、全国で市区町村の合併がものすごい勢いで進んでいる。新市の命名で揉めたり、決定した市名が歴史や風土にそぐわないとかで撤回されたり、署名運動が起こったり、にぎやかなことになっている。大概が地方の小さな町や村の統合なので、市名変更に伴う手続きだ何だと、高齢者の保険証、年金番号値などの個人情報が標的にされやすい。「オレオレ」改め「振り込め詐欺」等とは違うアプローチで来られると、騙されないと思っている人ほど簡単に騙されてしまう。
そう、騙されないと思っている人ほど、騙されるのだ。

 ミスターマリックの手品を思い出して欲しい。彼は最初、一つの手品をやって見せ、そのトリックを解説する。見ている者は「そうだったのか」とそれを理解し、その種の手品には自分はもう騙されないものだと勝手に錯覚してしまう。次にマリックは別のトリックで同じような手品を、先に解説したトリックが使えない状況の下で演じて見せる。この瞬間、見ている者はとんでもないマジックを体験したと錯覚してしまう。トリックそのものの技術的難度は大して変わらない場合でもだ。見る側の「自分は大丈夫だ」という錯覚そのものをマジックの演出の道具としてしまう、マリック独特の技術だともいえる。

 インターネットに関連する詐欺も同じような構造を持っている。現在の日本で、インターネットを使いこなし、その利益を享受している人口はどのくらいいるだろう。政府の調査では20%から40%という数字が出ているが、実際はそんなに多くはない。これはIT関連企業、中でもポータルサイトを運営している企業数社の経営陣が推測している数字だが、5%に満たないのではないかという。大半のネット利用者が、日々更新され、提供される新しいサービス、技術に付いて来られないでいる。一度覚えたやり方を後生大事に続けているという数字が出ているそうだ。その状態でインターネットが解ったつもりになっているから、騙す側からすればカモの入れ食い状態に見えるらしい。

 フイッシング詐欺などはその典型だろう。パスワードや各種アカウントナンバーの管理・変更をこまめに行なっているユーザー、そして自分もいつ騙されるか解からないと感じながらキーボードに向っているユーザー、そんなユーザーがどのくらいいると思う?
男にそう聞かれて、私たちは苦笑するしかなかった。その上、せっかくの酒が醒めてしまった。
取り敢えず、財布からカードを取り出して胸ポケットに入れるという、訳の解からない行動を取ったことを報告しておく。

 
二月某日、足立区の某居酒屋。ハイボール3杯ずつ。ねぎまとつくね3本づつ。トマトのスライスとイカゲソ。3人で割り勘。男の勘定は当然持たず。何者だったんだろう?

   おかわり