第13話 6月26日
あれからずいぶん時を費やしてしまった。
インフルエンザで入院し、そのついでというわけではないが、あちらこちらを検査された。中性脂肪値が748、コレステロール値が465、尿酸値が8,2そして、食道ヘルニアだと診断された。
なんでも胃の中に食道が陥没しているという。なんと肋間神経痛というのは間違いで、胃酸で食道が荒れたために起きる胸の痛みだったそうだ。取り敢えず通院を余儀なくされている。最初の1ヵ月半は週に一度行く度に採血をされていたので、一滴も飲まず、一本も吸わず、という記憶にあるところ15歳以来の生活を送っていた。
「次からは月一で採血していきましょう」医者のこの言葉が、私へのゴーサインだった。病院の帰りに、公園で吸ったショートホープの旨いこと。記憶が一気に30年は遡る。嘘でさえ、地に足がついていたような、ニッポンの熱かった時代。空の色は変わらないのに、頬撫でる風も変わらないのに、誰も彼もが、わざわざ窮屈を求めて生きているのはなぜ?解かろうとしないまま、解かる範囲に無理にはめ込もうとしているのはなぜ?アルコールの抜けた私の脳は冷え切ったままだ。
昔のロータリーエンジンのように、クラッチを繋げば直ぐにストールしてしまう。知らないでいいことにまで血道を上げているコンピューター達よ。OSを組み込まなければならないのは、コンピューターにではなく、人間自身ではないのか。アルコールの抜けた私は、こんなにも物を考える人間だったのかと愕然とする。
公園の風景の中にいる幸せ達、不幸達。私はそのどちらに所属しているのだろう。生還初日は、見ず知らずの店で呑むことにした。何も引き摺らないし、何も加えない、演技する必要もないし、話もしなくていい。まあ暖まってしまったら、責任は持てないが。
4月某日、立石〇丁目呑み食い処〇●□。中生2杯、焼鳥3本、揚げ豆腐、たらの芽天ぷら。カウンターの隅で大人しくしていた。1杯目は、本当に、五臓六臆に沁みた。
川柳集「素面からの生還」 松橋帆波 
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悲しみの向こうに星がある寓話 |
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横道に逸れても歩幅変われない |
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美しい嘘をオルゴールが抱き |
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毒抜けて哲学臭い言葉尻 |
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しょうもなくなって朝日と仲が良い |
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無事なのは血糖値だけ検査表 |
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人生を変えろと独逸語で書かれ |
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みのもんたみたいなことを言って医者 |
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違和感がある二十三時のベッド |
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がっついて泡ばかり呑む中ジョッキ |
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血管を感じるほどに酒の沁み |
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アルコールなるほど時を止めてくれ |
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クリックをしても動かぬ酔い潰れ |
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いい話酒がとろりとしてきます |
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おかわり
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