EXIT
松橋 帆波様  お酒のたわごと   
   第12話     2月8日

 性懲りもなく、また、やってしまった。
あの忌まわしい、香港A型インフルエンザという奴に、また、惚れられてしまった。二年前に入院させられて以来、二度と係わらないようにしようと、毎日のうがい、手洗いに、気を付けてきたのに……現在、体温計の目盛りは四十度に届こうとしている。ウツラウツラしながらこの原稿に向かっているのだが、寝ているのか、起きているのか、判らなくなるときがある。

 私の人生で、最高の発熱記録は、四十二度。あの時の感触に近いものが首筋を駆け上がってくる。自分じゃない誰かが自分の中にいて、何かを話している。そう、自分のうなされ声とは別の声が聞こえる。しかも、そいつの語尾がタメ口なのが腹立たしい。 「〜なんだよ」 「〜だからなあ」上の部分はうなっている自分の声と重なっていて聞き取れない。かみさんに聞くと「川柳読んでたわよ」だとさ。

 我が家では、お互いの寝言や、うわ言には相手をしない、無視をする、そういう事になっている。以前、相手をしたり、されたりということがあって、経験された方はお判りだと思うが、起きてからの頭痛と疲労感といったらない。一日が潰れてしまうほど不愉快になる。だから「川柳を読んでいた」といわれ「どんな句だった」「なんで覚えておいてくれなかった」とは口が裂けても聞けない。

 今度、MDレコーダーでも用意しておこう……。インフルエンザと風邪はまったく違う病気だ。そう認識して間違いない。ウイルス性疾患ではあるが、一度罹れば免疫が出来るものではない。これはインフルエンザの遺伝子がDNAではなくてRNAで出来ているからだという。

 難しい仕組みは止しておくが、遺伝情報を次代へ繋げるときに、DNAよりRNAの方が間違いを起こしやすいらしい。だが、それが、どんな環境の変化にも、容易に対応できる長所でもあるのだ。天然痘が撲滅できたのは、彼がDNAタイプの生物だからであって、インフルエンザの様なRNAタイプの生物の撲滅は難しいのだ。という訳で私はまた、うわ言を唸りながら伏せっている。さいわい、今年は「タミフル」という薬がある。

 昨今のインフルエンザの感染状況では間に合わない病院も出てきそうだが、この薬は効く。鼻控内の粘膜を取って、インフルエンザだと判明した私は、すぐにこの薬を処方された。二錠で効いた!熱が下がり、倦怠感も関節痛も消え失せた。ちょっと寒気がするくらい効く薬だ。

 この一カ月、酒を飲まなかったわけではない。年末年始の酒席、正月休み、なんだかんだと、酒を飲む機会は例月になく多い季節だった。ただ、純然と戯言に出会うために、街へ出ていく時間を、インフルエンザに食い潰されてしまったのだ。そういうわけで今回は、私の、ウイルスに引っ掻き回された(アルコールでも同じだと思うが)脳髄の「たわごと」で、お開きとさせていただきます。

 
一月某日 自宅 カゴメ野菜ジュース900mlペット半分位一謝


  おかわり