EXIT
松橋 帆波様  お酒のたわごと   
   第9話     10月30日

 暑中見舞いで「土日も店を開けることになりましたぜひ御利用下さい」という案内を貰ってからそのままにしていた、
広小路のRへ行った。7坪程のミニクラブで、バブルの頃には日に五六十万は売り上げていた店だ。銀座からの流れが多いので、Rも土日を休みにしていた。

 しかし不景気のなせる技だろう。飲みに行って判ったのだが、土日はY子ではなく別の人間に営業させていた。彼は、フリーターといえばそうなるのだが、世間でいうフリーターとはずいぶん違う。ワークシェアラーとでも表現したほうが適当だろう。何件もの仕事を掛け持ちしている。エンブレムをロックで舐めていると、彼は私の前に、数枚のトランプの組を二つと、折り畳まれたメモを置いた。

 「どちらかのカードを選んで下さい」手品か。店には彼と私、手持ち無沙汰な女の子がいるだけだ、私は右のカードを指さした。「こちらで良いですね」念を押してから彼は、私が指す方のカードをあらかじめ予言しておいたと言い、折り畳んだメモを開けるように言った。そこには「5」と書かれていた。彼は、私が指したカードを一枚すづ表に向けていった。

 そこには4種類の5のカード、そして別の組の方はバラバラな数字。私は無意識に5の組を選んでいたのか?もう一回やってくれと言うと「同じ手品は2回続けてやっては駄目なんです」じゃあ別の何かを、とリクエストする私を無視して、彼は話り始めた。

 東京都がヘブンアーティスト制度というものを作った。大道芸人にライセンスを発行し、都の施設で自由にパフォーマンス出来る制度だ。彼はそのライセンスを目指しているという。日本人の多くは、手品や大道芸を楽しむのが下手だ。芸として観るよりも、まず仕組みを知りたがるし、それを知ると、その技術に感銘するのではなく、悪意を持って騙されたかのように、怒ったり、演者を卑下したりする感情を持ってしまう。

 しかし、パフォーマンスは、全体が芸であり、マジックも種や仕掛けだけでは成り立たないものだ。よく視線の隙を突くというようなことが言われるが、実際は、演者のセリフ全てが仕掛けと言ってもいい位、緻密なものらしい。種明かし番組を見たからと言って、誰もが演ずることは出来ないし、そういう種の明かし方はしていないという。

 そして今、デジタル放送やハイビジョンの登場で、手品の世界に大きな変化が起きている。デジタルの眼や、緻密なハイビジョンは、人問の眼では捉えられないものまで写してしまう。浮き上がったり、すり替えたりする手品は、それらの映像装置の前では演ずることすら出来なくなってきている。

 数年のうちに、機械の眼さえ凌駕する新しい手品が生まれ、その時のブームに、彼自身が演者として、存在していたい。それが彼の夢だという。私は、老後を考えない特権を享受している若者に久しぶりに出会った。5のカードの不思議はそのままで、酔うことにした。 

     
十月某日、広小路R、ビール2本、エンブレムロック2杯、チーズ、サラミ、ピスタチオ。

  お代わり