EXIT
松橋 帆波様  お酒のたわごと   

   
第6話   8月5日

大学生と飲んだ。とは言っても、彼は六十代半ばの紳士である。放送大学の学生なのだ。最近は大学院も充実し、勉強したい人には大変有意義な施設になっている。話題が経済の話になったとき、彼は私に言った。
 「私は株で損をしたことがないんですよ。」驚いた風でもなく、かと言って怪訝でもない私の表情を見て彼は続けた。「株で損をしたことがないって言うと、大抵の人は疑いを持つか、私を金持ちだと思うんです。でも違うんです。株で損をしたことがないと言う事と、金持ちであるという事は必ずしも合致しないんです。単純に金持ちだと感じた人は株をやらない方が良いでしょう。必ずと言っていいほどその人は損を出しますよ。なぜなら株で儲かるという事の意味は、金持ちになるという事とは全然違う事だからです。」

 どこで頷き、どんな相槌を打っていいやら解からない彼の話は続いた。「百万円分株を買ったとします。話を単純にするため、税金や手数料は考えないようにしましょう。だいたいー年にニ回配当があります。これがー万数千円。ところで君、今百万円を銀行へ預けた場合、幾ら利息が付きますか。」
 私は、以前読んだ新聞に、百万円で百円という記事があったのを思い出して彼に答えた。「そうそう、まぁそれは普通預金の場合で、定期ならもう少しありますが、株の配当程のものは今はありません。と言う事は、株価がー年前と同じ水準ならば、この資産運用は銀行よりも大きい利盃を出したことになりますね。」

 株価が下がっていたらどうするんだ。当然の疑問が沸いてくる。彼はそれを見透かしたように「株価がー年前よりも下がっていれば、売らなければいいんです。倒産さえしないかぎり、幾ら下がっても、市場から株を引き上げなければゲームオーバーにはなりません。株にしてある資産が、年率で幾らの利益を上げたかがー番大切なことで、今現在の株価だと資産は幾らか、なんて勘定するのは、機関投資家や銀行がやることで個人株主がやることじゃありません。

 皆、百万が短期に百二十万やニ百万になると考えるから損をしてしまうし、すぐに市場から
退散してしまうんですよ。仮に、百万で買った株が、四年で百二十万になったとしましょう。これを年率で計算すると約5%になりますね。
 今の低金利時代に、こんな金融商品はどこにもないでしょ。これを、二十万儲かったと思っちゃう人は、何時か大損してしまいますよ。株は資産運用。年率で捉えないと、只のギャンブルになってしまいます。私が損をした事がない理由、解かりましたか?」 首を傾げた私は、この後、同じ話を三回も聞かされる羽目になってしまった。

 彼の話で唯-理解解出来たのは、放送大学の学生証でも、携帯の学割サービスが使えるという事だけだった。

 
七月某日。広小路のバー。リザーブ1/2本、チーズサラミ、キスチョコ、帰宅タクシー

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