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松橋 帆波様  お酒のたわごと   

   第5話   7月6日

 暫くぶりにKと会った。車が出来上がったから見てくれという電話で呼び出され、三郷までタクシーで会いに行った。Kの車は国産の改造車である。それも、車検証に「カイ」(改造公認の意)という文字が印刷されている合法的な改造車だ。彼は車の改造が終わると、私を誘っては助手席に乗せ、首都高速を一回りし意見を求めてくる。いつものように四点式のシートベルトに括り付けられ、尋常でないひと時が姶まった。

 Kは高速へ入る前に今回の改造箇所を説明してくれた。ここでそれを書くことは余りに複雑でマニアックになってしまうので止しておくが、要するに、彼の実用速度域での加速と、その時点での車の挙動の安定に留意した改良である。具体的な数字はいっさい明かせないが、フル加速状態の時、目に見える景色がモノクロになるし、走行中の他車は止まって見えるし、路上の自線がつながったまま止まって見える。また、浮き上がらないように、空力的にポディー下部を処理してあるために体ごと下に押しつけられるようになる。

 この状態でカーブに入ると、その前の滅速Gと合せて首が捻り切られそうになってしまう。Kは私なんかより、杜会的地位も収入もずっと上のレベルにあるのだが、これだけは止められないという。もっとも首都高速にはKの車よりもっとおぞましい輩がカッ飛んでいるし、杜会問題にもなっている。何かあれば彼は全てを失ってしまう。それでも止めない。

 というより私が不思議でならないのは、何故そんなにアクセルを踏んでいけるのかということだ。自分で改造しようが、車屋にやってもらおうが、元は国産の乗用車じゃないか。イタリアのスポーツカーでもないものをこんなに改造して本当に大丈夫なんだろうか。いくら車検が取れる範囲だといっても、尋常でないパフォーマンスを体感する度に不思議で仕方がない。

 いつものコースを走り終えて、加平のグルグルを降り、綾瀬のファミレスで感じていたその不思議をKにぶつけてみた。「そりゃ怖いさ、それでも止められない。馬鹿だし、愚かだと思っている。本気で走るときは死ぬかも知れないって何時も思ってるさ。でもあの車に関わってきた車屋の本気が俺に乗り移るような感じがあるんだよね。だから車を信じられるし踏んでいけるんだよね。

 ワールドカップでさ、韓国と日本のサポーターを比べてみなよ、選手が本当に命を賭けられるのはどっちか。 それ以上を求めるなら本気の熱さが必要なんだ、熟ければ熱いほど遠くへ到達することが出来るのさ」Kの車に関わった車屋のなかにはお客と妥協出来ずに廃業したものが何件かあるという。器用に生きて行くことも必要だろうが、譲らずに勲さを維持していく事も大切なのかも知れない。とは言っても、彼の行動は「カイ」の文字以外は非合法で愚かな行為に変わりはない


 六月某日、綾瀬のファミレス。生ビールニ杯とソーセージ。Kはコーヒーだけ。

   お代わり