第一作: 『生きる』

黒澤 明監督作品で『生きる』という映画があります。昭和27年度製作東宝映画です。主役は志村喬さん。市役所市民課長・渡邊勘治が役どころです。

 私がこの映画を観るきっかけには、二つの段階がありました。ひとつが、或る女性のブログによる誘惑(?)です。彼女はこの映画を「幾度も繰り返し観ている」とブログに書いています。次にこの映画を観る機会の取得です。これまで、自分はTV放映された劇場映画をビデオテープに録画してきたものが数十本蓄えてあって、時間が余っている日とか、無性に「これ観たい」と思うときなどに、選び出して観てきました。

 観る映画は、だからこの保存ビデオの範囲に限られてきました。かつてほんの半年ほど有線TVの視聴会員になった事があって、その発信局がベンダーとなって、CS放送局の映画専門局をも視聴可能にしたのですが、実は余り利用することなく、コストパフォーマンスの面を考えて、打ち切ってしまいました。

 TVの視聴は元に戻って、地上アナログ波のみとなっています。将来来襲する地デジにはまだ動いていません。もう、往年の番組編成のように、名画を流すTV局は殆どありません。これには何が原因なのか、自分の考えとしては、街中の映像・音楽ソフトレンタルショップの供給に依る、観たいもの(聴きたいもの)を、観たい時(聴きたい時)に観る(聴く)機会があるからです。

 いわゆる文化のジャンルに於けるインフラの充足によって、一人一人の好みの映画の観賞・音楽の視聴が個々人の環境で叶えられる社会になっているのです。新しい『カウチ・ポテト族』が世の中に大勢出現しているのです。そして、これまでの自分はこのインフラを何故(なにゆえ)に利用してこなかったのか?

 『インフラディバイド』なる言葉は、既に世に使われているのだろうか? 『デジタルデバイド』のほんの隣に位置する言葉です。私はレンタルビデオショップに先日出向いて、会員となってやっと先輩利用者と同じ文化享受者になったわけです。このことが第二段階となっている。 たかが当たり前の人間になっただけにも、これだけのコテコテの理屈をつけているのが、これまでの意固地な拒否的態度の裏返しであるように思えて、自分で少々辟易しています。−−−それにしても、前振りをここまで伸ばすのは如何なものか、です。

 『生きる』を観て、素直にこの映画に引き込まれて感動しました。映画は後半、主人公が亡くなって、通夜の席で市役所の様々な上司・部下の人たちの回顧のエピソードを展開する部分がいい。

 写真は、毎日新聞社刊『別冊1億人の昭和史 昭和日本映画史』の中で掲載されたものをスキャナーコピーして転載させて頂いたものですが、宣伝スチール用のものだと思う。手前の女性は、女優小田切 みきさんです。映画にこのシーンは無かった。小雪の降る公園のブランコに独り、ぽつんと坐って、主人公は『ゴンドラの歌』を口ずさむ。その後、その公園で彼は息を引取ります。

  ♪いのち短し 恋せよ少女(おとめ)
   朱(あか)き唇 褪(あ)せぬ間に
   熱き血潮の 冷えぬ間に
   明日の月日は ないものを

      (吉井勇作詞・中山晋平作曲)

 ゴンドラの歌は、この映画の中で、もう一箇所唄われています。不治の病に罹って、最早死期の近いことを覚った主人公が、或る晩、生涯最初にして最後の不良の生活を体験する街のキャバレーの中で、周囲の享楽的喧騒を静まり返らせて、ピアノの伴奏に合わせて唄う。唄っている間、彼は目の瞬(まばた)きを一度もしないで涙を溜めて、余命幾ばくも無いやるせない気持をこんな場所で唄ってしまう。ここぞ黒澤演出の真骨頂といえる場面である、と確信させられました。

 そして死に場所となった公園の場面。その公園は彼の役人生活唯一の生産=創り上げた生き甲斐である。彼に、「生きる」最終の幸せ与えてあげたのが、スチール写真に見られる、元の部下小田切とよ(役名)なのです。淡々と展開されるストーリーの中に、深遠な人の生き様が描かれている。名作を観賞した感動が強く襲ってきました。
 遅ればせながら、ビデオ・DVDソフトの供給さえ叶えてくれるものであれば、見逃していた映画や、人の紹介にあった映画などをこれからいっぱい観て、書き認めて行きたいと思います。