2019年         


10月31日(木ようび)   首里城炎上

 今朝も沖田総司、もとい起きた早々のビックリニュースがあった。





 沖縄でひとり健気に働く娘が、スマホで捕らえた首里城炎上の現場写真である。ここに載せた以外にも、部屋の窓を開けて撮った写真もあったが、これは載せない。したがって、深夜、歩いて近くまで駆け付けて撮ったもののようだ。こんな生々しい阿鼻叫喚をわざわざ女の身で撮るには訳がある。

 娘は首里城に関わる仕事をしていて、愁傷の念強くこの光景を眺めざるを得なかったのだろう。細君とLINEでやり取りをしているいきさつ中に送ってきた画像を、私も転送を受けて見た。

 それにしても、幾たびかの火災に見舞われた首里城の哀れが心に沸いた。以前細君とともに娘に逢いに沖縄に行った際、この首里城を訪れている。(二枚組の写真)



 水害の後に業火とIOC  三 竿
 ♪ お〜い焼死体元気かい

 註:本日の駄洒落は、「全日本ダジャレ芸術協会」 お題『火』入賞作品 若原一郎「吹けば飛ぶよな」から


10月30日(水ようび)   朝霧

 朝起きてすぐ、ベランダ側の窓のカーテンを引くと、案の定霧が立ち込めている気配だ。ベランダに出ると、直線距離で50メートルもない中学校の校舎がボ〜として見えるほど深い霧だ。

 ベッドを畳み着替えをしてからEMIRU(SONYα6000)を持って玄関を出た。遠く北の空と奥行きのある景色が、乳白色に染められて見えない。深い霧。昨日降った雨が水蒸気となって空中に漂い朝の冷え込みで霧の結晶となったようだ。めったに見られない自然現象だから、幾枚かこの景色を写した。

カーソルを上側の画像に当てると、晴れた日の景色が現れる





 テレビを観ると、都心では高いところから見下ろすと雲海のように霧雲が低く垂れこめて、スカイツリーの途中から上が突き出ていた。今朝の自然は、機嫌が良かったのか、優しく人間どもに接してくれた。日が昇っていくごとに霧は薄くなっていき、11時までにはさっぱりと払われた。

 人の世の彼方はいずこ五里霧中  三 竿
 霧と人情


10月29日(火ようび)   五輪騒動

 秋晴れの日が続かない。今日は再び雨降りの日だった。気温も低かった。気象予報士のテレビで解説する内容を聞いていると、やはり個々人の個性が出ていて、今時だと、一番多い発言が注意を促す言葉にないるように感ずる。命をいくつ用意して聞いたらいいのか、みたいに「いのち」を連呼する人も居る。日本人一億総心配性にさせたいのか?

 中には、その時の話題にまつわるクイズなんか出して、エンタメ化で自分の出番の時間を有効に使っている人も居る。或いは、理論派風に気象学の授業みたいに教えてくれる人 ・・・ この世界も、供給過剰になった様子だ。昔「寒冷じぇんしぇんが・・・」とお国訛りが得意な小父さんがいて、評判になった。

 小池百合子さん、どうも今度のオリンピック開催都市の首長になって、孤軍奮闘している姿が目立つ。なったばかりの時は、築地市場の豊洲への移転で汚染土壌の問題で前任者の尻拭いに苦労していた。続けて、オリンピック準備のこれまでのいきさつの中にも変更・やり直し、その他諸々の問題惹起があって気の休まることがなかったが、今度はIOCから降ってきた正に青天の霹靂、一部競技の会場変更が、蚊帳の外に置かれた状態で勧められてしまって、酷い事態になっている。

 国のオリンピック担当大臣、そして、大会組織委員会、更には官邸が例によって首を突っ込んで、いつしかそれらの組織が全て連合を組んで都知事を蔑ろにした構図になっているらしい。特に担当大臣の橋本聖子が時期都知事の席を狙って居ることで、小池都知事に汚点を付けたくて悪だくみをしているとまでネット上で識者の解説を載せている。これまで、これが最後のトラブルに成るよう願っていたが、次から次へと噴出してきた。最後は小池知事が尻を捲って、開催を返上するかもしれない。そのため密かに世論の動向を調査しているかもしれない。

 「醜いなあ」
 「いえ、観に行きますよ」

 こんな時でも駄洒落もどきの文章を書いてしまうが、兎も角喜んだメディアが大騒ぎをするいつもの展開が何より気持ちを苛立たせている。メディアは一億総神経症にさせたいのか。

 せめて、八千草薫さんが88歳で逝去されたことには、私の目からは涙が流れることは無かったと、記しておきたい −−− 膵臓がんを患い、医師から余命宣告をされていた。最後に、どうしてもこの話は付け加えたかった。

 トラブルのたびに五輪は出費増す  三 竿
 余命御璽


10月28日(月ようび)   タイガ−・ウッズ

 今朝、いつも観ている番組が急遽ゴルフの実況中継を映していた。

 「米男子ゴルフ:ZOZOチャンピオンシップ」が、普通の日程だと、木曜から昨日までの4日間で終わるはずだったが、途中雨によるゴルフ場の浸水で一日試合が中断されて、昨日のうちに日程が終了しないで、一部のグループ(組)が本日朝から残りのコースを廻って昼頃終了した。

 見ごたえのある大会だった。優勝者は、初日から健闘して一位をキ−プしていたタイガ−ウッズだった。優勝を決めた最終ホ−ルが奇跡的な演出をしてくれた。ウッズが最終18番ホ−ル(パ−5)をバ−ディ−で整えたのも素晴らしかったが、あとの二人もバ−デ−ィ−を取った。奇麗な揃い踏みは、美しかった。おまけが、ひとつ前を廻っていた松山英樹もバ−ディ−で収めている。

 偶然と言ってしまえばそれだけの事なんだが、それを私は違う意味合いを捜して、かくもめでたく試合に参加した各選手が、ドラマを仕立ててウッズの優勝にバ−ディ−の花吹雪を舞わせてあげたと考えれば、心が盛り上がってくるのだ。ウッズは、終始沈着冷静、哲人の風格で一つ一つのコ−スを攻めていた。

 一時期どん底の辛酸を味わって、薬物による心身が衰弱して、見るも無残な疲弊した姿をテレビの前で見せていた事もある。ランクも1199位まで落ちた。

 只者ではないのだ。人生を立ち直す事が出来た者は勇者だと思う。松山英樹も、ひとつ前のコ−スでプレ−していたが、常にウッズを射程内にとらえ続けて、結局2位の成績で終えられたことも嬉しかった。石川遼君は、最終回に大崩れして散った。

 人生のコ−スはボギ−で歩み来た  三 竿
 富士山の頂もウッズらと雪化粧


10月27日(日ようび)   オバタリアン

 オバタリアンと言う言葉はこの頃聞かない
。巷ではすでに死語になっている。少なくとも7回忌くらいは迎えるころだろうか。しかし、言葉は死んだも同然だが、実態はまだぴんぴん活躍している状況なのだ。そこで今日は、オバタリアンの噺二題を書く。

 颱風19号が翌日にも千葉県に直撃する11日、ベランダの窓ガラスの補強に養生テープを買いに行ったホームセンターの店の中であったことは、丁度そのテープが売り切れたばかりで、店の人が詰めてあった段ボールを片付けているところに行って、話しかけたところに、後ろからやってきたおばさんが割り込むようにしてお店の人に声をかけてきた。

 他人の存在を完全に無視しているわけで、私が「俺が今喋ってるじゃないか」と注意しても全く無視して話しかけ続けている。手のひらを口の前で広げて阻止したら、尚も顔を突き出してきて二度三度自分も制止したら、指が頬のあたりに触れた。嫌な顔をして俺のほうを向いたところで改めて、「こら」と叱った。ここで初めて相手が引いた。

 チャイニーズだったらよくある話、となるが、普通に日本語をしゃべっていたのだから、これがオバタリアンだったことになる。

 次が今日。細君とスーパーに夕餉の食材を買いに行った。夕餉は、ほうとうを作るというので、ほうとうや鶏肉などと、ロト宝くじで1000円が当ってたので、それを店の外のコーナーで換金して費用の足しに細君に渡して、明日の分なども買い足し、レヂが済んで袋に詰める時、私が備え付けの筒状の薄いビニールの袋を引き出している時、横のおばさんがそのビニールに手をかけて、持っていこうとした。「こら!」と相手が引いてしまうほどに声を上げた。

 最近の風潮では、無礼を蒙ったほうが下出に訴えるようだが、私はしない。男同士だと多分こんな我勝ちなことはしない。もしあったら、口論或いは諍いになる。このおばさんは、買い物の品を自分が持ってきたトートバックに詰めるにも、場所を必要以上に広げて、慎みと言うものが全くなかった。

 いくら昨今はチャイニーズの傍若無人が幅を利かせていてもどっこい、日本のオバタリアンも引っ込んではいない。大いに健在である。

 季節もの昼は冷むぎ夜は鍋  三 竿
 修行の旅に出たこいさんの恋人が唄う ♪ ほうとう一本晒しに巻いて〜


10月26日(土ようび)   講談

 NHK・Eテレビから、文化・教養に優れた番組がしばしば流れる。

 本日2時からの、講談の演目が凄かった。出場講談師の中で、始めに登場した神田松之丞、神田蘭(女流)は、人気・実力とも今の講談界の若手のホープ。田辺一乃(女流)は、田辺一鶴門下生で、この番組で真打襲名を披露している。中堅のいぶしの宝井琴柳、そして神田松鯉と一龍斎貞水 −−−この二人は人間国宝でもある −−− の六名の揃い踏みだった。

 最初の神田松之丞は見逃した。でもこれだけの講談を通しで一度に聞いたのは初めてだ。特に若手の語りは元気で迫力があった。一龍斎貞水は御年80で、多分、往年の滑舌は、いささか衰えていた。神田松鯉の『浅妻船・干物便り』は、講談の定番・戦記物の迫力に対して、人情ものとして、素晴らしく聴き応えのある演目だった。

 途中から録画しておいて、後日折に触れて、講談の醍醐味を味わう事ができる。偶然の鉢合わせで得たラッキーな体験だった。

 このホームページの中に、私はこれまで、田辺三鶴の芸名で六つほど講談の真似事の作品を載せているが、講談の雰囲気は良く取り入れていると自負していて、ネタになりそうな巷の出来事を今待っているところ。

 昨今、古典芸能は、昔の勢いを失っている。かつては、講談、浪曲そして都都逸の寄席があると、立見席が出るほど盛況だった。その中の逸話として、都々逸の柳家 三亀松
が、ある会場で大トリで出演した際、すでに歌姫として実力・人気が飛躍していた頃の美空ひぱりが、前座で出演したほどの格の違いがあった。彼が亡くなられたのは、1968年でもはや半世紀以上も昔の噺である。私が都都逸を創るときの雅号は三亀松師匠の名をもじって「亀味松」としている。

 こういう雅号を創ったり、作品を創ったりすることは、私の半趣味なのだ。


   これ如何に よせと言うのに人を寄せ  三 竿
   婚活は結婚講談所へ


10月25日(金ようび)   成田空港

 本日のDiaryから、川柳(時々俳句)と駄洒落を、重々可笑しく工夫を凝らして載せることにした。くだらない作品でも「馬子にも衣装」を着せて見栄えを良くしたいと思う。場所は、いつものように最後。

 それにしても、寒い寒い。エアコン使うにはちょっと早いから、厚着して凌いでいた。細君は前からの、仲間との成田詣でがあって、雨の中を朝から出かけている。こういう悪天候で寒い日の一人住まいの人の気持ちがよく判る体験をしたようだ。成田詣では、近頃は成田空港に行くことを指すと思う。

 昼前に、市の広報スピーカーが何か喋っていて、とぎれとぎれに大雨による避難勧告か指示のお知らせのようだ。自分は、デザイン制作に夢中になっていたので、昼のテレビは観ていない。しかし、河川の氾濫や住宅、駅などの浸水が起きていたみたい。

 秋も深まったというのに、あいかわらずの災害だ。細君たちも、めいめいがスマホ持ちの主婦だから、情報が入ってくる。里心がついたらしくて、早めに帰宅の途について、細君は五時ごろ帰宅した。矢張り、成田空港駅もダイヤが乱れて、混乱したそうだ。

 我が家の最寄り駅から成田空港駅まで、武蔵野線・東松戸駅乗り換え一回で、小一時間で成田についてしまう事が判り、細君だけでなく、そんなに近いことを初めて知った、と驚いていた人が幾人か居たそうな。一体、何しに行ったかと言うと、空港内のどこかで昼ごはんに1時間半、少し歩いて、その後喫茶店でまた1時間以上駄弁って、その間に、飛行機の発着が見えるガラス越しの通路かそういうところで矢張り座って、お喋りしてきたとさ。



   行楽の主婦には口が主役也  三 竿
   ダベルの塔


10月24日(木ようび)   慶事一段落

 再び曇天日になった。3時過ぎくらいから、身体がぞくぞくしてきて、震えていた。

 天皇陛下の人生一大の儀式が終わり、雅子皇后さまも生涯最大の役目をつつがなく終えて、安堵の日常に戻られたと思う。雅子様に関して、長く適応障害の症状が続いていたことになっているが、私には、そんな馬鹿な長引いた状況なんてあるもんか、と疑惑の思いでいた。もし本当にそうなら、名医が寄って集って治療しても治せないとはどんだ藪医者どもだ、と疑っていた。

 案の定、トランプ大統領来日の際も見事に皇室外交と言うより、真の日本国家の外交のお手本的振る舞いで、相手を感激させていたし、この度の各国要人へのおもてなしを見事に果たされて、論より証拠で素晴らしい令和の皇后としてお役目を果たしていた。皇室、特に両陛下の存在は、世界に冠たる権威の象徴である。

 安倍晋三は、ここぞとばかりに出しゃばった糞の効果も出ない慶事外交で張り切っていたが、こういう機会の外交なんて、相手はただ持ち上げる言葉を述べるくらいしかないのだ。どさくさ紛れに何かおねだりしてくる国があったかもしれない。聞いたのならちゃんとそれなりのリアクションしてあげなさい。身内の範囲の不祥事もただやり過ごし、颱風水害の対応も、人に丸投げして、自分の関心事の中には決して取り込まないようだ。損にならないことばかりしているだけじゃないか。

  秋深まる隣もかなたも何してる  三 竿  vs  慶事庁捜査一課


10月23日(水ようび)   座椅子

 今日は一日を通して、風のない素晴らしい快晴で気温も温かく、三ツ星クラスの秋日和だった。しばらく陽の差さない悪天候続きの後の貴重な日だった。家族の布団を干し、膝当てを干し、衣替えをし、買い替えようと思っているリクライニングチェアをネツトで探索して(細君に座ってもらうつもりだったが夕方帰宅して聞いてみると、今の座椅子で充分だと返された)結局改めて、自分が使うものとして後で探しなおすことになった。

 今のリクライニングチェアは、壊れたところまで行っていないが、いくらか劣化してきた。予算は20000円未満で、今のものより重くなくてコンパクトで、シンプルなもの。最低条件が背もたれの角度が可動式で、できれば、向きが変わるもの。座る位置が少し高くなった座椅子もいいかも。

 明日はまた天気が崩れるとか。台風21号もテレビでは今から騒いでいるが、近づいてくるにしても遥か南の海を走り抜けていくのだから、怖い思いをさせないでおくれ。

  秋日和読書にしよか主夫しよか  三 竿  vs  誰よりも君を座椅子


10月22日(火ようび)   即位礼正殿の儀











 雨の中皇居で行われた即位礼正殿の儀が、厳かに執り行われた。世界中から表敬に訪れた人は雨の中を、それも遠くからよく見られない状態で列席したことになり、残念だったと思う。

 今回の儀式に一番私が残念に思ったことは、トランプ大統領が参加させた人選があまりにも軽い事だったろう。安倍総理の思惑と言うか、気を使った日頃の対応をどのように受け止めていたかを如実に表している。日本の皇室に対する侮辱的な扱いだと、私は思う。

 日本の事を良く知らない来賓者は、改めて歴史と伝統のある日本のすばらしさを理解したことと思う。我が国の総理大臣のほうが、亜米利加よりも先輩格の国の首長であることを自慢してもいいはずなのだ。

 本日、川柳と駄洒落は載せないでおきます

 追:テレビ各局が代表取材の映像を同時に流していたが、テレビ東京が、余計な情報を付けない一番すっきりした画像で流していた。それに比べて、NHKは、左側に『生活情報』という文字と、上に各地域役所の流す入浴場などをスクロールで紹介していた。途中から消えたが、無粋この上ない画面だった。


10月21日(月ようび)   メディア

 10月も早や下旬となって、時候としては秋も深まる頃である。気温が平年並みともなれば、靴下なしでは足先がつめたい、朝の顔を洗う時の水も冷たいことを実感するが、本の少し前にも25℃越えになることもあり、秋そのものが短くなっていく印象を感じる。

 そろそろ、衣替えをする必要がある。身体が温まっていたほうが気分も体調も良い。

 終わったばかりという事もあるが、日本のラグビー選手に対するテレビメディアの取り上げ方は、やはり大称賛モード一色で、おや、今の日本は本当にうれしいことばかりが満ち溢れて、国民は挙って喜びに浸る幸せな状態だ、と思わせる。

 ところがギッチョン、こういう状態は、実は政権がメディアをたきつけて演出させていることで、暗い面とか隠しておきたいこと、思い出させたくない社会的不正事件から意識を遠ざけようと企んでいるのだ、という声がある。これはひがみ根性の有る一派の言いがかりだという捉え方でもありうるが、私には正鵠をついていると思う。

 最近、反政府勢力の言う事にも、フェイクな言いがかりを出すこともあり得るので、こちらもよく吟味して受け止める必要がある。例えば、明日の天皇の即位礼正殿の儀に併せて行われる祝賀パレードを、天皇陛下から、颱風被害にあった人の気持ちを鑑みて延期するよう申し出があった、と言う話を安倍総理がこれを自分の発案した事にしている、というニュースも出てきた。

 こういうニュースを知ってしまう事になんだか情けなくなってくる。日頃の安倍晋三の人間性から発生した噺が、真実であれ、ガセであれインターネットの中でも飛び交っている事の現実は、真実の世界と虚の世界が今の我々の生きている巷に混沌とした形で存在していることを意識しなければならないからだ。

 こんな破廉恥な内容の話を突き付けられても、もう我々国民には確かめようもないのだ。安倍晋三が今の日本の権力のトップに居るから善からぬことになって、今の日本は常軌を外した国家になっている。嘘をついてでも、かつ不平等極まりない政権運営をしているからこそ、こんなニューまで流れる −−− そして、或る意味彼ならそんな事を言って通してしまうに違いない、とのニュースの真実性以上にニュースの現れたこと自体を承認してしまう −−− つまり、メディアは真実も言うし真実を隠し、かつ嘘をつくという事を、国民は程度の差は有れど感知している。

 社会正義はもう一つの憲法であり法律でなければならないのに、それを担うメディアの姿変わりを私は哀しむ。

  毎日が4月1日気が抜けぬ  三 竿  vs  嗚呼、万事ニュース


10月20日(日ようび)   マイロゴ

      

 上のロゴを作るのには、昨日より少し時間短縮して創ることができた。デザインを工夫する時間こそかかったが、ソフトのツールは、これまでの習作を通して蓄積した(諳んじた)知識をいくつも駆使することができたため。

 但し、デザインの出来が良かったかどうかは確(しか)とは言い切れない。生まれたばかりの我が子に初対面した時の感想に似ている。しかし、これは何のロゴかが肝腎、私のオリジナル-ロゴデザインなのだ。

 自分の持ち物 ―−− 例えば、これをシールに印刷して、カメラバッグやチャリンコのどこかにに貼り付けたり、或いはレターヘッドのデザインとしてつかう。しかし、今のところそういう使い用途自体がなさそうだから、今の段階では、このデザインの中にある英文“B must be berander”を生かして、新たな文字ロゴを起こして、E-mailの署名とか、ホームページの中で何らかの用途として使うことに発想を広げていきたい。

 こういう作品つくりを踏んでいって、お絵かき遊び以上・作品応募あたりまで進んでいければいいと思う。もしかしたら、政権批判スローガンなどの社会正義に使ったりして。

 営業活動には進んでいくつもりはない、今更ノルマに追われる可能性がある領域に入っていく事は避けたい。

  古文書末の花押はマイロゴなり  三 竿  vs  マイロゴソフト社


10月19日(土ようび)   タイトル-ロゴ



 上のロゴを作るのにだいぶ時間を費やした。

 まず、何を創ろうかと考えてから、インターネットの“You Tube”にアップしてある中から参考になる「Inkscape」のサイトを探す作業 → 手頃なページを見て、どんなツールを使って作るのかを学習し → それをまた始めから参考にしながら自分の創りたいロゴを創っていく。

 どんなロゴを作りたいかと言うと、自分のホームページの中で、いくつかの貧弱なタイトル-ロゴを創り直したいのだ。『遠花火』の中のいくつかのページがそんな対象になる。

 最終的に出来あがりのところまで漕ぎ着けたが、もちろんデザインは全く自分の発想。如何にも自分らしいとぼけた作品となった。なんだかんだ全部で4時間ぐらい掛った。

 最近、やけに肩が凝るなと思っていて今回も終わってみると、肩が凝ってたので、「なんだこういう作業に根を詰めていたからか」と思い当たった。それと矢張り、脳の一度に記憶できるキャパシティーが随分小さくなったことを実感した。行程1,2,3・・・と、以前は広く一度にとらえて進められたのが、次々と確認を細かく繰り返さないと進めなくなった。

 さて、一通り出来上がったのだが、今後の本番のロゴ制作に入った時、今日の習得したスキルがどれだけ思いだせるか ・・・ 一晩寝て起きたら、きれいさっぱりという事は無いが、しばらく繰り返しで創り続けることで、順次効率も上がっていくだろう。そして、楽しくなる。

  京アニメ頑張れ俺が付いている  三 竿  vs  取り混み中キャパシティー済んません


10月18日(金ようび)   ゆらぎ

 ゆらぎ  ・小泉環境大臣 ・2020東京オリンピックのマラソン会場 ・メディアの政権忖度&・私の時々の腹具合

 小泉進次郎は、解説は巧いが、説明が下手だ。解説は、ある程度雰囲気で発言できるが説明となると、内容によってははっきり言いきれない時がある。そして、しっかりとした知識がないと迂闊にしゃべれない。したがって、大臣になったばかりで、まだいくらも職員からの説明・報告を得られていないと思う。だから、答えられる内容も浅いレベルになる。チョッと不運な部分もある。立場がゆらいでいる

 これまでの颯爽とした対応態度がかすんでしまったから、自身の態勢立て直しはよほど上手く乗り越えないと、国民の失望は解消されないだろう。なんでも理詰めで喋っている風に詭弁を使っていたことが災いしたのだ。私はどちらかと言うとアンチ政権派だから、これまで雰囲気がよかっただけで自民党に利していた部分が減少したという事で歓迎だ。

 IOCのバッハ会長は、組織内で真のワンマンで存在しているのかは判らないが、2020年オリンピック開催国及び都市に対する不可思議な態度を示した。徹底した上意下達で通告してきたのは、なぜだろう。言わんとすることは十分に意味を持っているのだが、小池都知事にとってはあまりにも突然の事態という事で、許しがたい気持ちが強いと思う。ただ、大会組織委員長の森本総理は、すんなり受け入れている。たぶん彼には事前に話が入っていてそこで日本側は受け入れる、と認めていたのではないか。

 小池都知事と天敵森元総理との初めから噛み合わなかった関係は、いまだにゆらいだままである。

 メディアの政権へのゆらぎは解説も説明も飛ばす。

 最後の私の腹具合についてだが、軟便となるも硬便となるも、ひとえに経腸栄養剤「ラコール」の流入速度に係っている。一袋400ccを2時間〜2時間半の時間内で注入するのがベターだが、時に1時間またはそれよりも早く流し込んでしまうとてきめんに下痢を起こす。先日の河川氾濫ではないが、腸が決壊することは無いが、かなりの流速で河口から吐き出されることになる。

 何故そんなことになるかと言うと、ラコールを流し始めで詰まり気味の時があって、チューブの締め付けをいくらか緩くして通りを良くしてから、再度調整して、安定した量に落ち着かせる必要があるのを忘れてそのまんま、一袋分ドドッと入ってしまうとがあるのだ。腸内に降ってきたラコールは、一時間100mmなどに換算した雨量のごとく濁流を起こす。すでに6年以上続けていてまだ安定できないという、これもゆらぎなのだろうか。

  老いた身に見える景色は蜃気楼  三 竿  vs  ♪ ゆらぎっこなしで 別れましょうね


10月17日(木ようび)   あなた買います

 昨夜は具合が悪いのでなく疲れていた。Diaryを書こうとした頃が一番しんどかった。しかし、そのあと風呂に入ったらさっぱりとした気分になって、嘘のように爽快になった。別に心配したわけでもなかったが、良かった。

 プロ野球界は、この先に日本シリーズが始まるのに、ドラフト会議が先に今日開かれた。チョッと順番が逆のような気がするのだが、まあ構わない。いつのころからか、プロ野球には関心が薄れて、せいぜい、セ・パ両リーグともテレビのワイドショーでうるさい程盛り上がっているのを眺めている程度の関りしかもっていない。

 特に巨人軍が新人を育ててチームの要にしていくことをせずに、他チームの主力選手をトレードで取り込むことばかりするようになって、それが原因で自分は離れていったと思う。テレビの試合を観ても、試合の展開が間延びした溌剌としたところが無いのも興覚めだった。

 噂の大船渡高校の佐々木投手がロッテに指名された。彼のその瞬間の顔をテレビが覗っていたが、心中を察することは出来なかった。意中の球団ではないことは確かだろうが、もしかしたら「選りによって」という思いだったかもしれない。選手のほうは選択権が無いようだ。女郎に売られていくのと何ら変わりがない。或いは本人の意向抜きにして見合い結婚させられるお婿さん。

 このドラフト制度が生まれたのも、かつて選手獲得は競りにかけるような、札束で決められていたことへの反省だった。つまり、値段が吊り上がっていく弊害による球団側の損得が優先されたのだ。選手だって社会人になる人と変わらないのだから、就職面談のように選手と各球団が意中の相手を見つけていく交渉みたいな制度だって構築できるはずだ。勿論、ドラフト制度は以前よりは抽選式と言うところで、公平性は保たれてはいるのだが・・・

 しかし相変わらず、「あなた買います」の姿なのだ。

  買った石磨いていたら溶けちゃった  三 竿  vs  ♪ 貴様とトレードは同期の櫻

 追:『珍本・百人一種』はこれまで、続きを読むのにリンクの貼り方が悪かったためにうまくいっていなかった。改良してスムーズに展開するようになりました。


10月16日(水ようび)   書くこと能わず

 身体のどこがどういう具合か判らないが、疲れた。眠気からくる怠惰かもしれない。書き続ける気力もない。


10月15日(火ようび)   立ち去った後

 犯人はとっくに通り抜けて北太平洋のどこかで消滅しているというのに、テレビメディアは、被災地のあちこちで颱風19号の残していった災害の爪痕を追っている。被災者だって、ぶしつけにずかずかと人の心に生活圏に入り込んでいるマイクとカメラに、何回も同じ質問をうけ、同じ応えを述べている。

 テレビを観るほうだって、何度も見せられて耐えられるものではない。

 別のニュースが入ってくれば、指令が現場のスタッフに飛んで取材現場からはあっという間に跡を濁して飛び立っていく。被災地にとっては、ヤンチャな孫たちの軍団が居なくなった後の疲労感が加わっている状態 −−− などと私はいつも余計なことを想定してしまう。


 そして、今日は東寄りの冷たい風が吹いていて寒かった。本格的な秋がやってきたのだろうか。気持ちを組み立てなおして、落ち着いた日々を送る心構えで行かなければ、心は穏やかにならず。

  被災地の爪痕覆う泥の色  三 竿  vs  井の中のかわず災害を知らず


10月14日(月ようび)   水害対策考

 水害被害は自然災害か人災か? 専門家はどう捉えるのだろう。昔と今とでは、答え方の姿勢に変化があるように思うのだが、まず、昔のほうが理論的に組み立てて解説していた傾向が強かったと思う。

 然るに、今は状況の諸般を念頭において、必ずしも理論的根拠ばかりでない、一種の政治的思惑をちりばめてそれらの思惑を論旨の軸にして発言している。つまり、いま政府がどういう姿勢でいるのか、更にはその方向に異を唱えると自分の立場はどうなるか、という損得勘定を考えて、あまり自分に得にならない意見を言わない、持論としないスタンスを執っている。

 かりそめの専門家という事になる。そういう人が増えていると想定する。私が自分の無知をむしろ武器として言うならこうなる。

 私は独身時代、ヘラブナ釣りで利根川下流茨城県側の水郷地帯の幾つかの河川に遠征釣行していた。地図で位置を確認して、今度はこの辺に行ってみよう、と釣り場を探した記憶がある。この時の記憶を今思い出して考えてみると、江戸時代或いはそれ以前から、日本は稲作に最も都合の良い治水工事をしてきて、多くの水路、運河、ため池などの土木事業をやってきた。こういう事は、日本中いたるところで行われ、北九州の柳瀬水系、岡山の播州平野のため池、木曽川・長良川水域の扇状地にいくつもの水路を整備して水はけを良くしてきた。

 比率的に、水害被害が少ない地域として立証されているはずだ。先人の智恵と実行力の上でなされた対策が、今でも貴重な施設として生きている。昨今はどうでしょう。日本は山地の多い国土であり、このことによる雨に対する捉え方も長年の体験と知恵で、変にいじらないほうが良いと考えて林業を育んでいた。いつのころからか、その自然の姿を変えて仕舞った。具体的には、・・・

 リニアモーターカー施設建設や新規の自動車道路建設に向けて、大規模な山間地域を崩している。外観だけではなく山塊地下を含めて。これまでの地下水脈が無傷であるわけがない。自然が創った地下水脈は、実に合理的に造られているはずだ。かつての我が国の治水工事は、こういう自然をよく理解していたと思うが今はそのことが踏襲されているかどうか、専門家の心がけが変わっているから危ないのではないだろうか。

 註:江戸時代、お江戸の飲み水は、井戸を掘ってくみ上げたものもあるが、今の東京都西部に湧き出した水を土木工事で長い堀を造って玉川上水として流している。甲斐の国の秩父山塊からの地下水がもともとの水源だ、という事も想定していたと思う。

 また戦後の植林事業では、極端に広葉樹を減らし、針葉樹を増やしてしまった事で、山岳の保水力を著しく落としてしまった。花粉症という副作用まで発生させて。

 文明って、自然を積極的に変えることまで含んで善いのだろうか? ・・・ 違うと思う。自然を変える範囲は最少にして、人間の生活を豊かにするのでなければならない。そういう哲学を持って発展するべきだ。それがおろそかな思想で進めてきた結果が、日本ばかりか世界中で起きている自然災害の規模と頻度の増加として出ていることが解りだした。

 異常気象による日本列島全体の降雨量は統計してみれば、判るはずだが、一日で一か月分、2・3日で半年分一年分の雨を降らす雲が覆い被さってきているところまで来ている。このことをもっと重大問題視しなければならない。その上で災害対策を立てる必要がある。対策についての私見は最後にまとめて記すが

 地球は水の惑星、と同時の緑の惑星である。かつて、古代エジプトは、ナイル川流域が肥沃な緑の大地であった。あの直線的な河川は、雨期になると必ず氾濫した。しかし、その周期性に気づいた人々は逆に自然から学んで、立派な文明を打ち立てた。そして、−−− やがて不毛な砂漠地帯に覆われた。たぶん考古学者は原因を少しなりとも判明していると思う。学ぶべき点があるかもしれない。

 南米アマゾンがかくも長く原生林を保っているのは、この地域にさしたる文明が興きなかったからである。近代思想はこの状態を「遅れている」と評価しているが、そろそろその捉え方がおかしい、と思えるようになったのではないか。あの地域は今、自然破壊が問題になっている。

 対策をおこがましくも述べてみると

 昨夜の橋下徹がテレビでこんな事を述べた。河口に広がる大都市の氾濫水害を避けるために、遥か上流地域の一部に川幅を狭め、そこを堰の理屈で水面をあげて土手からあふれさす、と言うのが今の治水対策法の傾向だという。そんなことをしないで、河口流域の水はけを良くするために、せいぜい海から10キロメートル近くの上流あたりから、別の海に吐き出す水路を造るべきだ。

 それぞれの河川ごとに、その位置、規模など、専門家がもう一度心を入れなおして取り組めば、設計図はできる。もちろんコスト計算もして、構造に使う新素材も開発していけば、できる。ゼネコンだって喜んで協力する。

 山間林業の在り方は、かつての山容に戻す事に心がける必要があると思う。家は木で出来ていると言うが、改めて杉や檜ばかりが建築材料ではない。植林の多様化が必要である。花粉症治療に回す税金を少なくする工夫をしながら、山の保水力を高める樹木による新たな植林事業を始めるべきだ。今、建築材として輸入している亜熱帯・熱帯樹木を日本の冬場の寒さに強くする改良してかつ夏場の日照りにも耐える改良努力するとかして、新たな建材の植林の可能性を研究させるのだ。カナダあたりの広葉樹も対象になるかどうか?そして、もう一度林野庁の官僚に檄を飛ばして活性化した仕事をさせる。日本の国土はその点では広大なフィールドがある。ノーベル賞クラスの人類への貢献が可能かもしれない。

 註:大都会のオフィスビルは機能的だが、必ずしも人の寝起きする生活空間として満たされるかどうかは判らない。まして、タワーマンションタイプばかりの乱立する景色は日本の国土にはミスマッチの選択である。家並みのある風景は大切な景観文化として残さなければならないと私は思っている。文明は根っこで、文化、人情、自然との調和を脈々と伝えていってそのうえで発達するべきだと思う。SFチックな未来都市は仮想都市である。

 檄:気象庁の噺が出てこなかったが、現状のように地域の防災無線放送の役割をしている程度ではだめだ。21世紀の気象変動に対応する基礎資料を、今であれば小泉環境相に送るくらいの事をして、彼に政策をキッチリ立てさせるように働きかけなければならない。日本のラグビーチームが予選リーグを全勝した。チームの一人一人の働きが正しく機能したからだ。見習いなさい国家公務員 & 政治家全員は

  美しき山河は夢の中となり  三 竿  vs  植林室での先輩植林による後輩植林へのいじめ


10月13日(日ようび)   颱風一過

  昨晩の颱風は、9時半ころから約一時間がピークだった。南側ベランダの窓が風に押されて小さく音を立てて、ガラスがしなっていた。一時間のうち後半の30分くらい、私はカーテンの上にクッションを当て、立っておでこを当ててつっかい棒していた。

 これくらいの風の強さは、これまで何度もあって、珍しいことではなく、特に対策はしてこなかった。さすがに今回はテレビの煽りに精神が弱くなっていたのだろう。

 そして、10時を過ぎて少しして、風が弱くなった時は身体を休めながら、台風の目に入ったのだと考えて、そのあとの吹き返しが来るのを窺っていた。しかし、どうもそうではないらしい。急いで風呂に入って戻っても、外は静かなままだ。あっという間に颱風は通り過ぎた様子。

 そこまでで今回の台風19号体験は終了した。下は朝、7時ちょっと前の写真

アサー (谷岡ヤスジ調)



 写真中央に見える筑波山塊は、一日中鮮明に群青色のままで見られた。雨風で、空気中の塵芥(ちりあくた)が奇麗さっぱり洗い流されたのだ。ついでに言うと、放射能汚染土中間貯蔵所から、放射能も漏れて流されたようだ。

 河川氾濫があちこちで起きたが、その映像に被されたナレーションの語り口は、「天災だからしようがない」、と言っている。狩野川台風の被害時に比べて、極めて微少な死者で済んだ、とまで言い足す。ここで私はムカついた。

 安倍政権が色々な政策を言う中にあった「国土強靭化」の謳い文句は何だったんだ。気象庁には、これまでにない雨量に見舞われる、と早手回しの言い訳を語らせ、その通りの被害が起きた。安倍晋三の言葉選びの姑息さは、様々な政策を挙げるたびに現れている。働き方改革だってそう。

 言葉によって国民の意識する事とは別な意味を隠していて、日本をどんどん先進国から、劣等国に落ちぶれた国に堕としこんでいる。税金の使い道が全くでたらめ、特に国防の名によって亜米利加に脅されて買っている軍事上の費用は、払いきれずにローン支払いにまでなっている。余計な穀物も買わされている −−−さすがにこれに対して米中間の穀物の貿易交渉の余波で、日本が割を食っていることに中国側は忸怩たる思いを持つようになっているかもしれない −−− 亜米利加に対して下手に隷属していては、中国や露西亜の対米政策にも悪影響を与えてしまうはずだ。北方領土交渉でも、亜米利加が軍事施設建設で絡んでくる事を露西亜は強く意識している。

 安倍晋三の対米隷属が、世界各国の対日外交政策に悪影響を与えている。

 もう一度戻って、亜米利加から軍需品、特にF35戦闘機を100機以上買うという話については、ただ、無駄買いだと言いたいのではない。すごいバカげた割高価格(吊り上げられた価格 → きっと恫喝されている)で買う交渉が問題なのだ。トランプの世界外交はあちこちで悪影響を与えている。その責任の一旦は日本にある。トランプのわがままは、日本との外交でなんでも通っていることの効果によって強くなっているのだ。

 北朝鮮が違法操業の挙句、水産庁の監視船にぶつかってきて沈んだ事件は多分水産庁の言う通りなんだろう、しかしその後の始末が相手(北朝鮮)に悪いサインを送ったことになったばかりか、いま北朝鮮が瀬戸際でアメリカと交渉する際の強い外交戦術として側面的に使われて損害賠償請求してくる事となり、日米両国に揺さぶりをかけている。

 安倍外交の脆弱性は、もはや日本一国の憂慮の域を超えているのだ。颱風一過の噺が、なんでこうなるの?

  晴れやかな颱風一過天に吠える  三 竿  vs  巧言隷属鮮矣仁(原典:巧言令色鮮し仁)


10月12日(土ようび)   嵐の前

 戦国武将が、まもなく襲ってくるであろう敵に向かって、「矢でも鉄砲でも持ってこい」と本当にほざいていたとは思えない。自然の猛威が、敵の軍団が、自分にわぁ〜と押し寄せてくる。次第次第に気勢を上げて近づいてくる状況を前に、心細くなるのを堪えて迎え撃つのだ。

 と思うのだが、当時の人間の心には、神の加護は必ず宿っていた。

 「南無八幡大菩薩」
 「神風が吹く」

 この心がけは、第二次大戦まで、我が帝国日本の軍部の中にもあったのだ。そしてあえなく敗戦。然らば、私は今、己の知恵と働きで颱風19号を迎え撃つしかない。

写真二枚


 「さあ来い」と言うほどの自信は無い。敢えて言えば気は心で、精神的に少しは楽な気分で構えて居たい。ところで昔の人が雷よけに「くわばら くわばら」と呪文を唱えたのが、こちらではなく桑畑(桑原)のほうに行ってくれという呼びかけで被害を避けようとしたという。効果があったんだろうか?もしあったのなら、颱風を避ける呪文に使えないか?

 気象庁の人たちは、国民に不安を与えるばかりでなく、こういう呪文の研究も取り入れたらどうだろうか。

  雨風に停電もあり三重苦  三 竿  vs  寺門呪文

10月11日(金ようび)   颱風対策

 ここまで頻繁に注意勧告されたんでは動かざるを得まい。朝のラコールを一袋で中断して、ホームセンターに行って窓ガラスに貼る「養生テープ」を手に入れなければならない。主用途は窓などのガラスが割れた時、破片がばらばらに飛散しない様に貼るテープだが、強度補強にもいくらか役立つようだ。

 流鉄流山線で駅二つ離れた駅近まで行った。9時半始まりで、すでに一時間遅れて着くと、店内は混んでいる。平日だというのに、皆さんテレビを観て、急遽私と同じように颱風対策で来ているようだ。肝心の養生手フープは、朝一番で段ボール数箱分があっという間に売り切れてしまっていた。

 今回の台風に対する千葉県民の恐怖心はいやが上にも盛り上がって(?)いるようだ。では、代わりに粘着テープを探したが、結局強度のある布のガムテープを二つ買った。ベランダ窓二部屋6面分で約30メートル使うので、二巻買う。

 ここで養生テープが無ければ、あとのスーパーなどでも手に入れることは難しいだろう。電車で戻って地元の店にも無いことはうかがい知れるのだが、この際、しんどい身体を酷使しても見定めたかった。でもやはり、完売を知らせる紙が棚に置かれていた。がっかりしたというより、すっきりした。野菜と豚肉を明日以降の総菜用として買って帰った。

 テープは、窓の外側に貼るものと思って、汚れを拭き取ったが、夕方帰宅した細君が言うに、内側で支えるように張るのが正しい、とのこと。今日は貼らない。明日朝のうちにベランダをかたずけるついでに貼る。英吉利国旗の要領で。

  予報士が防災用品買わせてる  三 竿  vs  居候完売目にはそっと出し

 追:細君のスマホに沖縄でひとり健気に働いている娘からLINEで連絡が入った。颱風対策の心得がずらり並んでいたという。確かに毎年毎年積み重ねた颱風練達者である。


10月10日(木ようび)   颱風接近

 颱風19号が確実に私目掛けてやってくる。凄く意識して怖い。南側ベランダの窓がもろに風に当たって、突き破られる恐怖。特に北を通られると風が強く南から吹き付ける。前回9号の時は下(南)を通過したから直撃した割に無事だった。しかし、房総半島の南部は酷かったのを憶えているから、いつも近づいてくる間中心配している。

 テレビからは、くどいほど大げさとも思える警告を発している。身体にも精神的にもしんどい。


10月9日(水ようび)   豆鼓

 昨日、1000円床屋へ行ったが、定休日だったことを知らなくて空振りだった。改めて本日かなえてきた。今年の6月に「毎週火曜日定休」の告知の張り紙を入り口ドアの横に貼ってあったが、それ以来2回見落としていたことになる。病院に行くとか、そんな機会でないと調髪してない。

 床屋の入っているビルの一階がスーパーで、私の利用するスーパーの中では野菜が安い店だったが、入ってみて、やけに商品が棚にかすかすになっているので、通りかかった店の人に聞いたら、10月半ばに閉店してしまうという。売り上げが落ちているとの事。周りに幾棟もマンションがあって、商圏の中の人口も多いし、品数、質ともそこそこ競争力もあると見受けたのに ・・・

 魚のコーナーに石持が2匹196円で売っていた。全長どちらも揃って25センチ以上は有りそう。腸と鱗を取ってもらい、本日の夕餉のおかずになった。アグネスチャンが香港の家庭料理の本を出していて、その中に「豆鼓蒸魚(タウシーツィンユィ)」という名で紹介している。

 −−− 皿に載せた尾頭付きの白身の魚に、ニンニク・生姜・豆鼓(トーチー)のみじん切りと白髭ネギを腹の中と身の回りにまぶして、サラダ油を一筋たらし、15分ほど蒸し器で蒸して出来上がり。食べる時に醤油を垂らして食べて美味。

 ボタンエビも安く売っていたので、昨日は刺身、今日は甘醤油で煮てこれも美味だった。

  さかなから摂るタンパクの淡白さ  三 竿  vs  笛吹豆鼓


10月8日(火ようび)   悲しき日本海

 どこかの国の王様が近隣の国との外交で取柄もなく、昔、前の王様の時に一度戦争に敗けたことがあって以来今でもその国の王様に頭が上がらない状態を続けたりして、国民が苦しんでいたとしたら、クーデターが起きるとか、側近の人が諫めたり政権争いをして、やがて国民も立ち上がって王様は追放される事態になる。

 そのセオリーがそうならない事があって、今の日本では王様では無くて、安倍首相がそんな状態になっている。しかし、特に側近がしっかり彼を守り自分も利権の温床の中にどっぷりと浸かっているいるから、立場は揺るぎもしない。

 そういう状態の中では、外交上由々しい事態が起きても、様々な行政の職に就いている官吏も首相の思惑を窺いながら仕事をしている ・・・ と、そうとしか取れない事をしたのが、この度の日本海の日本の排他的経済水域の大和堆で不法操業をしている北朝鮮の漁船が水産庁の取締船にぶつかってきて沈没。乗組員を救助して、先方の僚船に引き渡して仕舞った事件。

 監視船ははっきり排除行為をしていたのだから、相手の非に対する厳しい対応をせねばならない状態だったはずだ。しかし、どう考えても、どんなに相手に非があっても、相手から抗議が起きるような処置を執ってはいけない、と現場は考えたのだろう。監視船には、事前に対応マニュアルが届いていて、その内容に沿った対応だったのかもしれないが、泥棒を相手にしているという意識がない。

 北朝鮮に厳重抗議をした、と言っても、泥棒を逃がしていて抗議してどうするんだ。北のサンマ、日本海のイカは、日本人の国民的嗜好の強い水産物だ。もっとしっかり守ってくれるはずの水産庁も海上保安庁、時に自衛隊艦船は揃いも揃って、どこ向いて仕事をしてるんだ。これは皆んな安倍首相の外交姿勢を窺いながらの仕事ぶりなのだ。

 鮪、鯨、秋刀魚、烏賊 ・・・ 

 今臨時国家が開かれている。野党ばかりでなく、自民党の中からも造反が出ないことには話にならない。この際、環境大臣の出だしで躓いた小泉君、チョッと趣向を変えてセクシーに暴れてみたほうが善いかもしれない。

  望郷の味に成りゆく海の幸  三 竿  vs  外交フスキー


10月7日(月ようび)   涙のレッスン



 習作としては先には仏蘭西国旗と日章旗を創ったが、Inkscapeの様々なツールやコマンドを使用しての作品としてはお初の作品がこれ。やり直しを繰り返して、円形のリース(葉飾り)が出来たところで、言葉を入れて、一応完成品とした。

 三日間、挫けずに頑張った後の心の状態を「涙のレッスン」という言葉で表した。本来なら下の、葉の合わさる部分にリボンを作って載せたかったが、欲をかいてまた後戻りするのもしゃくだから省略している。

 明日から再び新たな作品つくりに挑む。このホームページの所々に配置してあるバナーとかイラストの一部を作り替えたい。これまでの学習した内容がどれほど身に付いているかは判らない。

  豊潤な涙嚢はまだ枯れぬらし  三 竿  vs  レッスン先は闇


10月6日(日ようび)   PC漬け

 朝、「サンデ―モーニング」を見終わってから、パソコンに向かってInkscapeのレッスンを始めた。参考資料がきちんとインストールされたか不明だったが、図形の制作には支障のないレッスンを選んだ。ラコールの点滴が終わったのは気づいたが、そのあと、細君が昼食を食べ終わったこと、午後2時になったこと、時間がスルーしたことは全く分からなかった。一旦休憩。

 そのあと、一時間ほどはテレビを観ていたが、これでは全く目を休ませることになっていない。頭の休憩にはなった。再び再開したのだが、作りかけて収納していたファイルに、一部分取り込まれていないものがあった。範囲外で作業していた作業成果が駄目という事らしい。しようがない、失敗を重ねて精通していくのだから。しかし、失敗が多いのもくたびれる。

 気が付くと18時。おや、もう外は暗くなっていた。秋の日が次第に短くなっていく。

 かなりの時間を食って取り掛かった作品はクリアされて、明日又これまでやったことの繰り返しでスタートになる。私は長い時間パソコンに向かうときは、ブルーライトをカットできる老眼鏡を掛けている。目を酷使し、同じ姿勢で腰や肩の筋肉が固まって、あまり良くないのだが、根を詰めるタイプでついやりすぎる。

 いつもは部屋の掃除は細君がしてくれるが、今日は私がやった。その後階段降りをして、体を動かした。

  パソコンのスキルはあの世で役立つの?  三 竿  vs  ♪ ファイルの歌が聴こえてくるよ


10月5日(土ようび)   松戸まつり

 松戸駅近くの補聴器のお店に出向く用事ができた。この頃、補聴器を着けていても人の話がよく聞こえないことが多くなった。調整してもらわなければならない。

 細君にも付いていってもらうことになったが、美容院が終えた後に直接14時に現地集合という事にして、先に家を出た。本日は松戸まつりで、駅周辺で人がにぎわっているという事で私も早めに家を出た。今日も駅近の駐輪場に自転車を置いていく。

 特に神輿とか山車が出るとかではなく、出店屋台が並び人が集まるという、コミュニティー祭り。フード系の店が多かった。EMIRU(SONYα6000)を持って行った。駅前通りで幾つかのイヴェントの催しものがあった。

焼き鳥屋はやたら在った




ローラースケートスピードレース




デカ犬




蒸し暑い




音がおとなしくて、踊りもチンタラなサンバだった。



 補聴器の店に10分前について、ほどなく細君もやってきた。聴力検査の結果、一年ほど前の結果と変わらず、特に補聴器の調整の必要はないという。クリーニングして、音の通りがよくなって問題解消 ・・・ なんだか拍子抜けの体。

 補聴器は湿気を嫌う。初めの頃は、使わない時は電池をOFFにしたうえでちゃんと乾燥ケースに入れていたが、補聴器の電池は乾燥で寿命が短くなる事を知り、携帯用のケースに入れるようにしていた。そのことで、湿気が付きほこりを付着させることで、音の通りが悪くなったのではないか?という事で決着。どーもすいませんでした、という事になった。

 駅ビルの中で秋鮭切り身を買った。夕餉は、チャンチャン焼き。

  天高く真夏日の下秋まつり  三 竿  vs  ♪ チャンチャン手拍子足拍子 太鼓たたいて笛吹いて


10月4日(金ようび)   ウィルスバスター

 昨日の夜テレビを見終わった後、柏で買った本(「Inkscape独習ナビ」)を長い時間読んでいた。最初に、幾つかのレッスンを受ける構成になっていて、インターネットサイトからあれこれダウンロードした素材を使う事になっているという事で、朝9時ころから始めた。どのサイトからどんなものをダウンロードするか、アドレスが書いてあるのに従って進めていくうちに随分面倒なことをするもんだと思い始めて、この準備作業がスムーズにいくだろうかと、構える気持ちになっていって、こうなると、案の定或るzipファルをダウンロードしようとすると、Edgeの警告が表示された。

 危ない!

 これって常識的にはきちんとした書籍が扱った実績があるファイルなのに・・・Edgeにはwindowsのこれまでのインタネットエクスプローラーに代わって、強力なウィルス対策ソフトを用意した安心のwebブラウザのはずだが、この始末。そういえば、この信頼性をネットで調べたら、案の定妙に疑り深いところがある、なんていう口コミがあったが、私もそれを実感したのだと思う。

 本が推奨した幾つかの前手続きは一応済んだ様子なのだが、いざレッスンに入って、自分のパソコンに仕舞われたはずの該当ファイルの仕舞い場所がわからず、先に進めなくなった。パソコン内の色々なところをほぼしらみ潰しに調べたが −−− 丁度昭和40年代の公安が核マル派などの分子をローラー作戦で探していたような手間をかけたが、地下にでも潜ってしまったか?

 レッスンはあきらめたのだが、やはりウィル駆除スソフト「ウィルスバスター」を導入して、パソコンの中の大捜索をして、今回のダウンロードした中にもしかして危ないのが紛れているかもしれない、という不安を払拭したくなった。このパソコンを使い始めてからほぼ二か月たつが、最初はプレインストールされたMcAfeeがチェックをかけていたが、使用切れ後の一か月はEdgeに内蔵のセキュリティーソフトがカバ−していたことになる。

 そこで、ウィルスバスターのサイトを検索して、或るサイトを見に行ったら、これまでもチャレンジして叶わなかった残存利用権利の回復にたどり着けそうなページが見つかった。初期にDiskで購入した際の製品シリアルナンバーを求めてきたのでこれを入力すると、とうとう最新のファイルをダウンロードすることができ無事に有効使用することができた。

 自分の記憶では、今年いっぱいで切れると思っていたら、あと一年も使える。このラッキーが今日一日の徒労を帳消しにしてくれた。McAfeeは、期限が切れても人のやっていることを邪魔するように頻繁に未練たらしく、「使ってくれ」とアピールする画面が出てきてうんざりしていたのが、すぅ〜と解消された。この不快感のとれた爽やかさは秋晴れの空のごとくである。

  ウィルスバスター動き始めて秋日和  三 竿  vs  「あら、Edgeねえ」


10月3日(木ようび)   柏行き

 午後2時半ごろから外出したが、事が空回りすることが多かった。車を運転する人が、赤信号に引っかかることが多いみたいな印象。

 用向きは、電車に乗って柏の本屋さんでドロー系ソフトの本(Inkspace解説の本)を買うこと。これだけはネット通販の不見転(みずてん)買いができない。一昨日北千住で叶わなかったので早く買って作品を創っていきたいのだ。思い立って駅までバスで行くつもりで時刻表を見たら、余裕が5分しかない。バス停の前のスーパーまでそれほど遠くはないが、私の足では間に合わない。

 それで、自転車で行って、その店の駐輪場に置いてバスを待った。一分ほど過ぎているが、このバスを利用する限り、今まで必ず5分前後は遅延する。が本日15分過ぎても来ない、と言うか、運悪く定時に通過してしまったかもしれない。或いは間引かれたかもしれない。あきらめて自転車で行って駅近の有料駐輪場に置いて電車に乗った。

 事前に柏駅近辺の本屋さんを調べておいて、まずは、本屋さんというよりビックカメラのパソコンコーナーに関連本があるから、まずはここで用が足りる、と思ったのだが、一冊もない。朝のバス置いてきぼりに次ぐ二度目の出足をくじかれた印象だ。続いて柏駅に隣接する駅ビルの中の熊澤書店に出向くが、インターネットの紹介する場所とは違っている。ふつうあり得ないことだから、自分の見間違いだったかもしれないが兎も角聞き出した通りに場所を移動して、本はやはりない。店に備え付けの検索PCにキーワードを入れて探したが空振り。カナでも英文でもダメ。

 残るは南口のジュンク書店、嫌な予感がしたが、こうなったら意地で来たからには是が非とも果たさなければならない。移動の距離は、三軒とも数分ずつの移動でも私には東海道を下る宿場の移動にも匹敵する道中である。

 やっと着いたこの店でもキーワード検索で空振りである。代わりに、関係ない本がずらりとリストで出ている。店の人にわけを聴いたら、中身の中にキイワードで引っかかる文章があるだけでも表示される、と言う。「インクスペース」と言う字がなんで関係ない本の中に含まれることがあるのか不思議でならない。私はこのPCを疑った。書棚に行って探したら二冊の本があった。まずは少し離れた場所に椅子があったので、座って内容を調べた。どちらもわかりやすかったが、例題の多いほうの高い本を買うことにした。

 先ほどの人はいなかったが、レヂに行く前に他の店員さんに顛末を話してみた。「機械はおバカさんなんですよ」と言うなるほど、欲しくもない本をお知らせしてくれたり、在るのに無い、なんて表示する。お馬鹿さんと言うより、これは隠蔽である。AI判断か?

 買った後でこう考えた。このジュンク堂に最後に来たのがよかった。もし一番目または二番目に寄っていたら、欲が出て、ほかの店にも行って空振りを経験する手間が掛ったことになる。

 柏駅に着いて公衆電話から家に電話した。私はガラ携すらも今はもっていないのだ。細君が出た。これから帰ると伝えて、電車に乗った。そして、電車の中でポカをした。帰りのバスの時間表を調べた。シメシメ、いいつながりになっている。・・・ バス停で降りてスーパーの駐輪場に行ったら自転車が無い。

 「盗まれた」

 トボトボと歩いて家に着いたところで思いだした。駅前の駐輪場は日を越すと料金追加になる。嗚呼、明日又駅まで片道バスに乗って200円払って自転車を回収しに行かなければならない。

  おまけつき散歩になって疲労感  三 竿  vs  乙女心はジュンクの春


10月2日(水ようび)   海鮮丼

 昨日は診察が終わってからの帰路、北千住で途中下車し、駅ビルの中にある本屋さんに寄った。目的は、イラスト作成ソフト −−− 専門的に言うなら「ドローソフト」とか「ベクトル系ソフト」 −−− の解説本を探して、良いのがあれば買いたかったのだ。自分でも作りたい作品の作成解説がなるべく多く載っているものが欲しい。

 最初、丸井館に行ったら、違う売り場になっていた。近くのお店の女の子に聞いたら、ちょうど一年ほど前に閉店している、と言われた。と言う事は・・・彼女は多分今のお店では長くお勤めしているようだ。そのうえ、もう一つのルミネ館の8階に在る、と教えてくれた。心優しい紹介を頂いたのだから、少し身体に無理してでも行ってみようとなって、行ってみると、なんだか本棚の込み入った配置の悪いスペースのお店で、レヂの位置も探しにくい。万引きの格好の餌食になりそうな死角の多い本屋さんだ。

 目的の攻略本は一冊しかなくて、比較検討ができない。細君が別なところで待っているので落ち着いて見極めることができず買わず仕舞いとなった。夕餉は海鮮丼をすることにして、2500円ほどお金を出してあげた。先週のロト7で1100円のあたり券があって換金した。

 丸井館に戻って海鮮丼の具材を探したのだが、随分高値である。まあ大奮発したんだからいいや。

 帰宅して16時を過ぎていた。ラコールの点滴をすぐ始めて、後のことは細君に任せて私はロッキング・チェアでうつらうつらしていた。

 味は超美味だった。 ・小肌 ・本マグロ赤身 ・ホタテ ・サーモンキング 細君主体で材料は決めた。

 本を探しに今日はダイエー内、流経大敷地に付属している三省堂、そして新松戸駅前と三軒はしごして探したが、元から期待しなかった通り、空振りだった。

  海の幸でふる里盛りの海鮮丼  三 竿  vs  大人としての死角がたりない


10月1日(火ようび)   漱石

 今日は東大病院循環器内科と糖尿内科の診察日。待合の間、出久根達郎氏の編纂した「万骨伝」(ちくま文庫)を読んでいたら面白い箇所があった。

 「おもわぬ花 久保より江」の中で、夏目漱石が歌と俳句の門下生のより江に書いた手紙の文言である。噺の背景を簡単に書くと、より江と漱石の出会いは、漱石が松山の中学の教師として赴任した時に下宿した先の孫娘で、当時より江は女学生で、漱石が正岡子規や仲間と句会などを開いたところに顔を出して次第に師事するようになり、彼女が東京帝国大学を出た久保猪之吉と結婚した後もつながりを持っていた。

 やがて猪之吉が福岡医科大学の初代耳鼻咽喉科教授になった折の、件の手紙である。

 「倹約をして御金を御ためなさい。時々拝借に出ます」

 何とも言えない深い交友関係であった事を窺わせる。幾ら旧知の門下生とはいえ、の人妻になった女性への手紙である。明治から大正時代の頃の文化人は、ひとたび交友関係を結ぶと、味わいのある人生の伴走者同志として結びつく。庶民の中でも人情の密度の濃い関係で信頼しあいながら生きていたようだ。彼らは富を共有していたと言っていいだろう。

 「困った事が有ったらいつでも頼ってらっしゃい」

 こういう気風で世の中が動いていた。自分一人で世間に通用する人間に成れたわけではない、という真摯な心がけを持っていた。日常食べるものも、知古もお互いの故郷も共有していたところがあったと思う。日本がやがて資本主義の発達で富める国になっていくに反比例して、人々の生活からこのようの富はどんどん目減りしていった。

 すべてが金を基準にした構造になると、人や組織が富の独占を目指す風潮となっていった。そのために、それまでの広く共有されていた富 −−− 人情や生き方や築いた組織やインフラ、助け合い方、繋がりによって結ばれた信頼できる社会は滅亡しつつある。

 人は己の力ではどうしようもない負の要素を背負っている。それを救っていたのが信頼できる社会であった。お金での救済だけでなく、就業の紹介、活動する場の提供など皆が知恵を出し合って人同士で窮地を救う手立てをしてきた。もちろん社会の中の一部分では有ったが。

 漱石の手紙は、上に挙げたような人を食ったようなものが多いとあるが、いかにも人とのつながりが強くにじみ出ていると思う。

 細君にクイズを出した。

 漱石が家(『漱石山房』)に門下生などを集めては、ごちそうで出した珈琲はどんな珈琲だったか
 ???
 それは ・・・ モンカフェ