2018年12月         


12月13日(木ようび)  寒い

 12月に入ってから日照時間がかなり短くなっているという。その上に、高温傾向がパタッとや止み、寒くなった。平年並みになったと言っても、さんざ体の方は常夏気分みたいにナマクラっていたから、対応できない。外に出るのが辛いから、階段降りの日課が果たせない。玄関出て、一直線でエレベーターの箱に飛び乗って一階に降り、集合ポストから郵便物や投函チラシなどを取りだし、そそくさとエレペーターに戻ってガタガタ体を振るわせながら家に飛び込む。

 歩数僅か50歩ほどしか歩いていない。仕方がないから家でおいちっに、おいっちにと立ち歩きなどをして運動終りッ。

 天気予報ではチャンと陽が出てくれると成っているし、今日は息子の布団を乾したが、二時間も持たずに曇りだした。中に取り込むかどうかの判断が難しい。これまで何度も失敗していて、仕舞った傍から太陽が雲間を割って顔を見せる。「にいっ」と嘲笑っているみたいにふざけて照っている。今日もそれをやられたから、もう一度乾したが、間もなくして再び雲が覆ってしまった。一気に布団は冷えてしまう。

 人にからかわれるよりも悔しい。お手上げ状態の気持ちの吐きどころがない。

  お月様太陽の奴懲らしめて  三 竿  vs  白戸三平『サムイ伝』


12月12日(水ようび)  革命前夜

 河野外務大臣が記者会見で、質問されて取った態度はどういう状況か考えなければならない。

 やったことは、記者の質問に即刻「次の質問どうぞ」と言い放ち、続けて質問が出ても同じ言葉を繰り返す。これを3度か4度続けたところで、流石にその点を非難されても「次の質問どうぞ」と言い切った。その直後も記者が更に追及してやっと、「適切に対応する」みたいな、全く内容の無い話をして、記者席で最後に「万事休窮す」みたいに言った事で大臣はその場を去った。

 国際外交の場は、何を考えているか解らないから信用できない近寄ってはいけない人物としてしか見ない。とんでもない外務大臣である。

 今回の対応となった事態は突然に起こったとは言えない。雪の塊をゴロゴロ転がして行ってどんどん大きくなる事と同じ現象に思える。つまり、メデイアvs政権の攻防及び政権と野党の攻防を繰り返して、歪んだ進み方が振幅(歪み具合)を大きくしてきた結果なのだと思う。

 安倍晋三、菅官房長官の答弁が全て発端であって、是が権力が強大に成り過ぎたためにあらゆる事態に対し強烈に破壊する事になったのだ。“禁断の対応”の常習化になって仕舞ったのだ。

 最早、先週閉幕した臨時国会で幾つかの法案が、国民に対して強姦的強権で押しきり成立させた時の担当大臣のスタンスと、この度の河野外務大臣のスタンスが全く同じだと言える。つまり、夫々の本人の政治姿勢で持ち出した物でなく、只のガキの使いで、或いは魂を抜き取られた人がハンコを押す行為と同じなのだ。

 沖縄県知事と安倍晋三が(さっきから、呼び捨てにしているが、肩書に値しないから)辺野古の海岸埋め立てを県民がはっきり拒否している事でキチンと話を着ける意志表示をしたのに、終わってみれば即刻会談を無意味にしている事も、相手を侮辱したことになる。門前払いの態度より悪質である。

 野党もしっかり頭を回転させて状況を判断しなければいけない。なぜ街に出て野次らないのか)権力が潰しに掛かって来たら、今度は通行人の眼の前で掴み合いの喧嘩若しくは、権力の暴走を見せつけるべきだ。沖縄で展開されている暴力を再現させてしまうのだ。

 今の状況は、革命前夜に置かれている。民主主義が壊される様子を国の内外に知らしめるのだ。自分たちも政権もダメージを受ける。そうしないと今の状況は変わらない。どうなるかは、国民も今度はいくらか参加する道が敷かれるかもしれない。安保法案採決の混乱時、国会周辺に展開したシュプレヒコール行動で、可成の盛り上がりを国民は見せている。野党はこれを無視したに等しい無作為しか出来なかった。国民が我々野党と同じ考えで居る、と自己満足しただけだった。当然其処に世論との間に溝が出来たという事に気付かなかった。

 共謀罪の典型的な実験世相を起こすべきなのだ。

 政権の方も、傀儡化された閣僚、そして宰相と成り果てている。このために日本の国体はいま破壊されていく姿である。

 何故逆らえないのか? 政権与党の各議員・閣僚は、集団的に党内野党を起こす事を、真面目には考えても居ないのだろうが、それでも政治家のひとりとして党内の議論の場で、強く正論を示さなければこのままでは将来に禍根を残すくらいの思いを持ってもらいたい。

 彼等にはこれが無いから言いう。無駄なでしかない事でも言う。全てが生煮え状態なのだ。戦前の軍部の横暴が始まったのもこんな与党・野党政治家一人ひとりの腰の引けたなまくら精神から始まったのだと思う。戦後の亜米利加の横暴も、この日本の政治家の根性が今も昔も、チットも変わっていないのを知り尽くして遣っているのだ。

 今回の河野大臣は、三代目のボンボンであっても是ほど劣化してしまった政治家に成ったという自意識はきっとある。殆ど外交のイニシアティヴを安倍晋三に握られ、小僧扱いされている事に忸怩たる思いで務めていると思う。もうこうなると状況の捉え方というより己の生き方の問題なんだろう、情けない。件の記者会見の場で、余程喉が渇いたと見えて、コップの水をしきりに舐めていた。この行為に正常な心理は読み取れない。

 嗚呼、グダグダとまた書いてしまった。

  情けない徒党がバッヂで胸を張る  三 竿  vs  佳人革命

12月11日(火ようび)  冬物語

 なんだよ、昼ごろまでは晴れているはずじゃなかったの? 朝方は確かに晴れていたのでソレ、とこたつ布団をベランダに乾したが、すぐに雲が広がって陽を覆ってしまった。そのままどんどん曇って来て寒い一日になって仕舞った。

 今日は細君も在宅で、二人で寒い寒いと言いながらエアコンを入れて別々の部屋でマイペースに過ごした。別に顔を見るのも嫌、という訳でもなのになぜくっ付いていないんだろうね、自然とそういう精神状態(生理状態?)に成るのだろうか。他所のご夫婦の事は推し量れないけど ・・・

 つまんね〜 何して遊ぼう。しり取りでもしようか。

  すずめ → メジロ → ロシア → 天邪鬼 → クロポトキン → 金玉 → マラジャッポ
   → ぼんやり → 陸軍の → 乃木さんが → 凱旋す → すずめ → メジロ ・・・ 終んない。

 子供の頃、エッチな数え唄も遣った

 一で芋屋の姉ちゃんが 二で二階に飛び込んで 三で猿股引っこ抜いて 四でしっかり抱きついて
 五でゴロゴロ寝ころんで 六っつムクムク遣りだして 七つ中々良い気持ち 八つやっぱりいい気持ち
 九つ小僧に見つかって 十でとうとうバレちゃった

 他愛も無く子供同士で大声あげて唄っていた。眉をしかめておばさんたちは通り過ぎて行っただろう。

 出所不明のこんなフレーズの言葉も頭の片隅に記憶されていた。

 かーきんかーきんなりゃて、とうしゅうせんまいにいやポコペンのたーたーで

 ポコペンは、戦後すぐのころ、在留支那人が口にした言葉だから、中国語なんだろうか?

 日本全国の女性器の隠語を集めたサイトなんかもあって、寧ろ方言と言う方が正しいと思うが、私が昔ヘラブナ釣りをしていた頃、月刊誌の『へら鮒』を購読していて、その中の釣行随筆にこんな挿話があった。

 ある青年が秘湯に旅して幾日か過ごした。宿の仲居が何かと世話をして呉れてお互いに惹かれあっていき最後の夜、とうとう二人は結ばれた。寝物語に青年はこんな事を訊いてきた。

 「ねえ、愛してるってこの辺ではなんて言うの」
 仲居はチョッといたずらっ気があって、こんな言葉を返した。
 「じゃんぺって言うだァ」

 翌朝青年を駅のホームまで見送ってくれた仲居さんに、彼は感極まって「じゃんぺ」と言った。仲居さんは、顔を赤くした。やがて列車はゆっくりと走りだし、二人の手と手が離れた瞬間、青年は「じゃんぺー、忘れないよじゃんぺーッ」 ・・・ ホームに残された仲居さんは周りにいた人達の視線を浴びて、居たたまれない程恥ずかしい思いをしたが、列車の青年は、目をつぶって旅の余韻に浸っていた ・・・ とさ

 サイトでは東北地方で「ダンペ」という言葉で女性器を言うようだが、私の記憶違いか、随筆を書いた人がこの逸話に書き間違いをしたのか訊き間違いしたのか判らないが、語感として「じゃんぺ」説を私はとりたい。相応しいと思うから。

 参:私の郷里静岡県では当たり前に使う場所で、当たり前に言って恥を掻く事になる。「姐さん、おちょこ頂戴」  これが逆にこちらで「姐さん、さかずきをもう一つ」 ← 「あいよ、おちょこネ」 こっちが恥ずかしくなる、今でも。

  寒いのにくっ着けないのがチト悔し  三 竿  vs  方言の駅よさようなら


12月10日(月ようび)  寒い朝

 寒い朝だった。午前5時ころトイレに起きてエアコンを点けて再びベッドに入り、次に目が醒めたのが6時30分、家族二人は朝食中だった。すぐに起きたいのだが、着替えの支度がしてなかったので、モタモタしていた。エアコンが消えていたので細君に訊いたが消してないという。

 自然に停ったのか?

 それ程ぶるぶるする程寒いわけではなかったので、すぐ経腸栄養剤の点滴を始める。その前に今日は、血糖値測定(一日おき)もあってその後インスリンニ本(各5単位 これは毎日)打つ。病人は何かと遣らなければならない事が多いのだ。自分の場合は真面目に習慣づけて実行している。

 なに、女性の朝のお化粧の手間を考えれば、大したことは無い、こういう比較するものを意識すれば不満も湧かない。

 今朝の寒さがあって、これまで掛け布団は薄いダウンの布団しか掛けてなかったが、今夜からは毛布を一枚加える事にして、昼間ベランダに乾したが、薄曇りだったのであまり効果がないかもしれない。それでも風を通しただけでもやった甲斐は有るだろう。

 衣食住だけで生きてる老後かな  三 竿 vs ♪ 血糖仮面のオジさんは 正義の見方よ良い人よ


12月9日(日ようび)  悪魔の辞典

 葉が沈み石が流れ、やがて太陽は西から昇り東に隠れる事を予感させる世相に成って来たと、私は危惧しはじめて居る。安倍晋三は、もしかして、習金平に唆(そそのか)されて、「太陽を西から昇り東に沈むようにして呉れ」と頼まれたら、きっとこう言うだろう。

 「それは簡単な事でありまして、今度の国会会期中に法案で通さなければならないのであります」

 習金平は、遣隋使の時代聖徳太子が小野妹子に託した親書の文面に肚を立てていると思われる。安請け合いをしてしまい、「方位改正法案」で決めてしまうだろう。何のことは無い。東西の言い方を逆にしてしまえばいいんだから。今の安倍晋三の頭の中は、こんな論理思考で政治を執り行う事ばかり考えているんだから。これくらいの脳味噌に成り切っていないと、とてもじゃないが先に進めない、と確信しているのだ。

 そう思ったら、無性に読みたくなった本を思い出した。書架の奥 −−− 家族でセッセと買ってきた本が増えて、我が家の書架は一段に二層の書籍が並ぶようになっていった −−− から取り出しましたのがA(アンブローブ)・ピアスが著した『悪魔の辞典』である。

 この本から、“民主主義”、とか“議会”とか“法案”などの言葉を、如何に表しているか、有るか無いか調べたかったのだがどちらも載っていない。この本に取り上げた言葉は案外いい加減なものだと、忌々しく思った。左れば、自分が勝手に加えてしまえ。ついでに思いついたものまで載っけて仕舞う。

 ・議会 ・・・ 古代ローマ時代から続く、世の中の仕組みを決める場として施設された決闘場
 ・法案 ・・・ 国家取扱説明書のこと
 ・民主主義 ・・・ 他のイデオロギーと同じ、やがて壊されていく積み木の家
 
 ついでに思いつく言葉があるが、精々三つに留めて加筆しておこう。そうしないと、原作者に呪われるだろう。

 ・第三者 ・・・ 当事者が秘かに親交を結んでいる悪友
 ・ポリス(POLICE) ・・・ (参:騒ぎを防いだり、騒ぎに加わったりする軍隊  A・ピアス)
              ・・・ 街道の恰好な場所に隠れて通行人を襲って金を奪い取ることもする
 ・防犯カメラ ・・・ グウタラな女房を持つポリスが仕事に使っている。

 案外面白い頭の体操に成る様で、続編をまた遣りたい。ところで、防犯カメラの設置をはばかる場所が幾つかあって、その一つがスポーツジ・ヂムのロッカールームがある。利用者のチョッとした隙に、金品を盗む者が多いらしい。近所の或るおばさんが最近被害に遭って気の毒に成る程落ち込んでいた。細君が可哀そうに思って、夕飯のおすそ分けしてあげたようだが、喉を通ったかどうか。

 そのヂムはむかし私も利用していて、部屋の壁に「???」と思う様な警告文を記した紙が貼られていた。

 「盗難を許すな」

 ラブホでは覗きカメラをまず捜せ  三 竿  vs  撃ち合いには防犯チョツキ

 追:聖徳太子が小野妹子に持たせた親書は【日出処天子至書日没処天子無恙云々】(日出処の天子、書を没する処の天子に致す。つつがなきや…)と記されている。時の皇帝は、心中穏やかならざる感情になったが、小野妹子を迎え入れた、と私は記憶している。


12月8日(土ようび)  女に持てる法

 女に持てたいと願わない男は読まないで下さい、なんて逆説的な書き方はしたくないが、現に私は、もったいない生き方をしてきた。もっともっと意識して女性の気持ちを察した生き方が出来れば良かったのにと、若い時の生き方に悔しい思いをしている。

 75歳間近ともなると、、まして下咽頭癌、食道癌の手術もさせられた身ともなると、車で言えば廃車寸前、スマホ携帯で言えば、液晶画面ヒビだらけ、葉っぱに例えれば、青菜に塩状態、女で例えればしわくちゃ婆ァ −−− なにも外に例えなくとも、背は縮み、一物は垂れっぱなしの風に吹かれりゃ飛ばされんばかりの枯れ木状態、今更何をほざくか冬のコオロギ。

 でも、昨日のテレビ「ぴったしカン・カン」の安住紳一郎の、美女三人を取っかえひっかえ、あれだけの高感度で受け入れられている姿を見せられたら、あやかりたい想いであって、「何でそうなるの?」とそのコツを知りたくなる。

 註:渡辺えりの出るコーナーはここでは編集でカットした

 観ていて暫くして、気付いた事がある。横にいる女性が何か話している時、安住君は自分に向って話し掛けられていれば勿論きちんと目を合わせて聴いているが、誰という事無く不特定で語っている時には決して目を向けないで耳を向け、聴くの一点で振る舞っている。

 これだよ。

 いい女は、常に周りの男性に見つめられている事を意識していて、視界の端どころか、後ろからでも男どもの欲しがりそうに欲望をたぎらせた目線を意識している。こういうのは幾らすまし顔をしたイケメンでも特に彼女自身が狙いを定めていない限り、好かれることはないと思う。あくまでも女性の気持ちに合せた爽やかな心構えで包み込んで上げなければならない。

 こうしないと多分夜の酒場でとことん安心して付きあう気持にはなれないだろう。安住君は女性から選ばれた男友達で居られる。これがホントの持てる男なんだろう。

 私の独身時代は、もう少し来るもの(女)は拒まずという気持ちで柔軟にお付き合いが出来ていれば、両手に花の男女間のお付き合いが叶えられていたように思う。惜しむらくは、えり好みと言うか、こだわりが強かった。

 と、思っているのだが、どうだろうか。それは兎も角昨日のとことん付きあった共演者は吉田羊さんだった。彼女は普段はいくらか無機質的な女性像でCMに露出しているが、次第に安住アナの話術や、他に出演したゲスト女優とのトークや美味しい酒場料理に心がとろけていって、チョツトした眼配りりた瞬間、瞳の奥にメラメラと燃えるような媚態が滲み出てきた。

 男心がキュンとする品である。安住君もこれを見せつけられたに違いない。お仕事の場で無ければ、小林幸子の歌の歌詞に有るじゃないか ・・・ ♪ ふたりの行く先は〜 ・・・ ひとつ

 之くらいのクライマックス状態になるまで、理性を保たなくちゃいかんのだ。これを早々かなぐり捨てては、この後のプロセスをエレガントにエスコートできないでしょうが。もしかしてこの高齢化社会のどこかの老人ホームで品の良いご高齢者同士の男女交際がくり広げられているなら、願わくばお仲間に入れて頂けないでしょうか? そして昔執れなかった杵柄をよいしょっ、と担いで伺いたいのだが。

  お姉様杖をどうぞとエスコート  三 竿  &  辿り着いた手に紙おむつの感触  三 竿

 参:今日12月8日は言わずは気付かない大平洋戦争開戦日


12月7日(金ようび)  通信障害

 携帯電話の通信障害の話題がテレビに流れた時、私はチョッとした偶然の妙を感じた。具体的に言うと、自分も長年利用していた携帯生活をつい数日前に終焉させた事がなんらかの影響 −−− もっと怪奇的に言うと、今まで感じて居たモバイル社会への疑念や、運営会社の傲慢さへの怨念が幾何(いくばく)か、システムをダウンさせる働きをした、みたいな痛快感を覚えたのだ。

 ひところは、利用料金を知らせるメールが入り、それを見に行くのに通信料がかかるなんていうことがあった。本来なら、郵便物を発送して通知していた利用者対供給者の約束事を壊し、「使わしてやる」みたいな上位意識をもろにぶつけてきた。

 最近では、バツテリー充電器がオプション料金になって居る様で、此れも本来なら、必須備品であるからこれは消費者に被せる傲慢さの現われだと思う。ライバル社との価格競争を勝ち抜くために、見せかけの低価格戦略だったのだ。ゲーム等にのめり込んで月の利用料が10万円を超える仕組みを理解できなかった利用者を泣かせたりし、これは多分行政指導を喰らって利用者の購入時に販売員の指導を徹底させ、起こりえない事になったと思う。

 取扱説明書なんかも無くして利用者への提供サービスを斬り削ぎ、どんどん利益率を上げていった。

 このたびのシステム障害の被害内容をいろいろ見せられて今度は、えっ、こんな事もスマホで出来るの?と驚いたのだが、側面から見れば、こう言う利用は利用者を縛ることに成る事でもある。普通にいえば便利機能で利用者を取り込む、という事だが、今回の様なシステム障害を起こした時の社会的不具合を起こす危険な文明利器という事に成る。各社の携帯機能は、何処かが特化したものを持っている、という事もなさそうで業界横並びに揃えているのもわざとらしい。

 今回の障害は一社で留まって居る様だが、これまでも小さな障害事例はあったかもしれない。現役時代、業界紙のコンピューター室室長をしていた時、東京電力が首都圏で瞬電事故を起こした。その時一瞬コンピューターが小さな異常音(ため息風)を出して、ソフトがダウンした。時間が悪かったら、その日の新聞紙面を編集できずに大きな事故になったところだが、東京電力はこの時、事故が起きた事を公報しなかったようだ。苞かむりしていたのだ。寡占的事業社は社会を欺くのだ。

 監督官庁がこれをコントロールすることが無い。今回のソフトバンクの事故に対する行政の対応は緩いだろう。

  すいません二度とむにゃむにゃハイお仕舞  三 竿  vs  軍歌「麦と携帯

 参: 文明の利器については、「必要は発明の母である」と言われた。今は逆に「発明は必要の母である」状態となっている。知らないでも善い事は人はあまり便利なものに飛びつかない方が良いのだ。本来の人間としての資質を失うはずだ。


12月6日(木ようび)  ケチ

 ケチの憑き始めは矢張り昨年の日馬富士による暴行被害だった。今年のこれまでの貴乃花一門全体の凋落は目を覆うばかりだった。其れを、北九州場所で旧一門の力士・貴景勝の優勝で、綺麗に振り払ったかに思われ、その余韻もかすかに残っている今になって、本命の貴ノ岩が仕出かした暴行事件で、師走の寒い風の中に貧乏神の嘲笑を巻き上げてしまった感がある。

 ケチの憑きっぱなしである。こう言う状態を他になんて表現すればいいのだ ・・・ あるある。

 ・二度ある事は三度ある
 ・泣き面に蜂
 ・弱り目に祟り目
 ・一難去ってまた一難
  −−− ここから先はチョッと拡大解釈が含まれる
 ・貧困連鎖
 ・転進
 ・玉突き衝突事故
 ・ストーカー被害
 ・合併症
 ・抗生剤耐性菌
 ・ ♪ 十五・十六・十七と私の人生暗かった
 ・ ♪ きのうマー坊きょうトミー

 註1:「転進」は、第二次世界大戦時・南大平洋海戦の帝国海軍の敗けっぱなしの事
 註2:♪ きのうマー坊きょうトミー は、ほぼ時間差輪姦と同じ

 ケチを漢字で書くとどういう字になるか桜新社刊:「用字手帖」で調べると「吝嗇」とある。一方、ケチという言葉に、しみったれという意味が有って、いわゆる“りんしょく”とのことで、これを漢字変換すると「吝嗇」になる。今回のケチは、この意味と関連があるかどうか、インターネットの“コトバンク”で調べてみると、見事、出てきた。

 未来予測をしてしまうが、近未来我々は国体衰弱、国民生活の破綻を体験することになるだろう。全て今世紀初めころ、安倍晋三が総理になったのがケチの憑き始めだったと、後悔する。

  輝いた日本を沈めた安倍晋三  三 竿  vs  三ツ星レストランは吝嗇業に含められる

 テーマに毒されて、文章がキナ臭く成ったかも。

  

12月5日(水ようび)  サバ缶

 夕餉は細君と二人で食べることが多い。息子は仕事先で1・2時間残業をしてくることが多く、定時で引けたときでも、どこかに寄り道する事が有る様で、少し遅れる。

 夕餉が済んでテレビを観て過ごす。大抵が気の張らないバラエティーなどの娯楽番組が細君の好みだ。チャンネル権は基本、細君が持つ。番組の中で健康番組を時々やるが、昨日の番組の中で、サバの缶詰が、栄養学的にすこぶる宜しいと紹介があった。

 則翌日の夕餉の惣菜に頂き、となる事があって、今宵の惣菜はそのサバ缶を使うことに成った。昼間、近くのスーパーに行って、幾種類の中からサバの味噌煮を使うことにした。

 缶から出して、深めの皿に移してチンで温め、トロミスープを掛ける。スープにはありあわせの野菜 −−− ニラ、九条ネギと干しシイタケ・キクラゲを入れる。キャベツとピーマン、ナスと、塩鮭のほぐし身を炒め、味噌汁はもやしとなめこ。うす味スープはあごの出汁と鶏ガラ顆粒で薄味に仕上げ、片栗粉でとろみ付けする。サバの味付けの味噌とうまく調和して旨かった。

 細君が仕事帰りに携帯ショップに寄り道して私の携帯を解約してきた。世の流れと逆の生き方をする事になった。外の世界とはPCのインターネツトで充分ついて行ける。さっぱりした。

  携帯と切手と狼煙無く生きる  三 竿  vs  ウィーダバ サバ


12月4日(火ようび)  背景感

 少数意見とは何ぞ。

 少数意見は曲者である −−− 例えば、すこぶる環境の良い住宅地にペット葬儀場の建設予定が持ち上がると、、・強く反対する人、・どちらかと言えば反対、・どうとも思わない、とある程度意識が別けられる(・大賛成という人は気が狂っているかもしれない)。こういう問題は、人夫々の心理的動機に拠るものだったり環境クオリティーからの価値論で捉える意識の強い人が反対に回ると思う。

 平穏な暮らしの中で、多くの人はあまりラヂカルな意識で物を捉える事をしないから、利害にそれ程影響されないと思えば、あえて建設計画に突っかかって行こうとは思わないだろう。私はそう考えるから。反対派は少数意見である、と想定する。

 近所に保育園とか幼稚園が出来ると、子供の声を騒音並にとらえて、うるさいと思う人も居て、この場合も環境論争を以って闘う。大げさに心理的な健康被害を持ち出す人も出てくると思う。近頃、小中学校の運動会の日は、朝から花火を打ち上げて音で盛り上げるという事が無くなったけれど、此れも「うるさい」というクレームに主催者側が屈したからだと思う。理解を示した、というレベルの納得をしたわけでない。特に営業に関わる様な民間の施設の場合は、行き過ぎたクレーマーの後々の仕打ちを恐れて断念する事もありそうだ。

 ヤクザが営業妨害をするのと、質的に同じものだから大事を取る。

 行政府が遣る事はチョッと是とは違う観点で捕らえる必要がある。。手続き通り話し合ったとか説明会を開いたとか、相手の主張を聴くとかしても、それを計画に反映する振りはしても何か判ったようで解らない理由を付けて、計画を推進する。この場合、部分的修正が成されることは、反対者からの更なるなし崩し的な要求が出る余地を残すことになるからあまりやらない。

 行政府の計画案に反対する時の反対派は、時に、多数派意見である事もあって、特にその計画によって、直接的に迷惑、被害などを受ける立場の人だけでなく、理に叶っていないとか、計画によって利する人の存在が想定されて、それに不公平感を感ずる世間の良識も含まれている。或いは、其の構築物の用途や運営に内在する本質的な危険因子を恐れて反対する。こういう気持ちの事を、「背景感」と呼んでみると ・・・

 こういう時の行政府は、この背景感を一切考慮する事がない。実例としては、沖縄で今起ころうとしている辺野古の海岸の埋め立て問題である。或いはIR法案に含まれるカジノ施設である。多分外国企業の参入が見込まれるし、賭場を開いた後の社会的悪影響が多大であることを認めないで運営されていくはずだ。

 外国人労働者の導入なんか、その理由づけがペテンである。国力を自国国民で成り立たせるには様々な手を打つ必要があって、これこそ政治家が後世の子孫に遺産として渡せる国体を努力を課して造らなければならないのに、そういう責任を放棄して、目先だけの利害を追う少数派(経済界など)が利するだけの政治姿勢を執っている。

 こういうのを政治理念なき政治という。背景感を失った政治家による政治が行われている。

 水道事業民営化、漁業の大手資本参入、なども全て少数派が政治の力で少数で利益を分捕る経済構造にしている。最早たおやかで長閑な国民の生活は無くなっている。背景感という社会哲学を持つ人も消滅しつつあるか、強く意識していても無力感に陥っていると思う。

 私はもうじき死ぬ運命だから好いんだけどね。私は1964年の第18回東京オリンピックの年に社会に出た。だから再来年2020年の東京オリンピックを見納めにしてうだる暑さの中で冷たい霊安室に運ばれて行っても良いかも。なるべく、楽に死にたい。ピンピンころりは無理かもしれないが ・・・

  遺言を時の総理に宛てて書こ  三 竿  vs  ♪ ピンピンころりよおころりよ

 追:3時半ごろベランダに出たのだが、吹く南風に「おや、春一番?」みたいな気持ちになったのは私だけだろうか。もしそうなら、これぞ究極の少数意見だ。

12月3日(月ようび)  もうええわ

 昨夜のテレビ「M−1グランプリ 2018〜漫才日本一決定戦」を細君が見ていたので一緒に観ていたが、途中で「リーガルV」に切り替え、それが終わると再び戻したところで、優勝グループが決まった後だった。

 なんだったんだ。是こそ漫才のネタになる逸話ではないか。

 どちらかというと、各出演者の芸は、思いっきりテンションばかり上げ、魅せよう見せようという気持ちが浮き上がって居る様で、聴いていて疲れる。

 賞金一千万円とは豪気やのう。その日のうちに、優勝した霜降り明星のマネージャーの携帯に、出演依頼の連絡が何十件も入ったという。御本人達もそのまま殆ど出ずっぱりのテレビ出演で、一夜開けたら日本中に顔を売りまくっていた。

 ところがですよ、私は大阪のグループの漫才は大阪弁丸出しでやって、只でさえ絶唱調で機関銃のようにお互いが言弾の打ちっぱなしで最後はこう締めくくって引き下がるのを不思議に思っている。

  「もうええわ」 ・・・ 一種の慣用句なんだろう。そこで、こんなフレーズも「はい、お終い」の慣用句ではないだろうかと、色々拾い出してみた。

 ・おあとが宜しいようで ・・・ 落語
 ・ご臨終です ・・・ 医師
 ・これにて一件落着 ・・・ お裁き
 ・逮捕 ・・・ 警察
 ・死刑 ・・・ 裁判
 ・クビだ ・・・ トランプ大統領
 ・御名御璽 ・・・ 天皇陛下
 ・ピカドン ・・・ 原爆
 ・エイエイ・オー ・・・ 勝ちどき
 ・ゲームセット ・・・ 野球(ソフト・ボール)
 ・ノーサイド ・・・ ラグビー
 ・マヂッすか ・・・ 後輩
 ・ゲボゴボ・グエーッ ・・・ 酔っぱらい
 ・もうええわ ・・・ 大坂漫才

 帰宅すれば妻置手紙もうええわ  三 竿  vs  私が困っているのにあの人グランプリ


12月2日(日ようび)  みかん

 私の母方の叔母の嫁ぎ先が藤枝市で、稼業が家具大工、みかんや野菜栽培、養鶏と遣っていて、私が家族を儲けてから、丁度みかんが実る頃、家族を紹介方々帰省して挨拶に伺った折もミカン山まで連れて行ってもらい、もぎたてのみかんを食べた。

 その後の、子供が小さい頃は、藤枝の先ほどの叔母の家と、もう一軒叔父の家から段ボール単位でみかんを送ってくれたのを一冬中、切らすことなく食べていた。気を付けていないと、下のみかんが押しつぶされて緩くなり、カビが生えたりした。そうならない内、会社に持って行って食べて貰ったが「美味しい」と喜んでくれた。

 実が締まっていて、見て呉れはいくらか良くなくとも濃厚な甘みがあって、美味しいみかんだった。

 みかんを食べると、郷愁が湧く。通った高校は藤枝東高校で、親友と授業を抜け出し、近くの里山のみかん畑の陽だまりで弁当を食べたり一つ二つ枝からもいで食ったりした。多分やんちゃな世間知らずだったから、皮などを撒き散らしたままだったと思う。反省猿よりも劣っていた事に成る。高校生時代、学校帰りに叔母の家にも幾度か遊びに行ったりした。

 小学生の頃は、どの家でも冬の暖房は、陶器製の火鉢か或いは長火鉢に炭を焚いていて、五徳の上に水を入れた薬缶でお湯を沸かしたり、切り餅を焼いて食べたが、私の親父がよくみかんの皮をむいて、中の実から白い筋(ほろ)をきれいに剥きとり、餅網に乗せて焼きミカンにして食べていた。渡されたみかんを食べた記憶はないが、やはりり一緒に食べていたかもしれない。


 今時は時々細君がスーパーで買って食べているので、私も食べることにしている。我が家は、間食系は特別の物でない限り、セルフサービスとなっている。

 芥川龍之介の作品に「蜜柑」という題の短編がある。列車に乗っていると、自分の前に少女が坐った。寒い季節だったが窓を開けて、外をみつめている。寒い風が入ってきて、不快感を抱いたのだが、やがてその娘が風呂敷か何かを開いて蜜柑を取り出すと、声を上げて窓の外へ投げ出した。

 線路際の田んぼのあぜ道に、小さい子たちが手を振ったりその蜜柑を拾っていた。何となくその娘と、子供たちの間柄や、状況が判ってほんのりとした気持ちになりました、という話だった。

 柿でなく蜜柑、どうしても蜜柑でなくてはいけない状況だったと思う。

  蜜柑食べても鐘は鳴るなり法隆寺  三 竿  vs  これではみかんともし難い

 流石に、12月になって日が沈んでからエアコン暖房を入れるようになった。


12月1日(土ようび)  秋の景色

 近くの公園のイチョウの色付きは今が一番盛りになっているので、意を決してEMIRU(SONYα6000)を携えてその公園に出向いた。この陽気なら、家族連れで繕いで居る様子も撮れそうだ。

 という訳で樹木・花・人物などを拾い撮りして来た。


















 人も植物も気候に浮かれて、喜んで生きていますなあ。

 こんな日に深く物思いにふけるとしたら、ポエムのひとつも呟きたくなる。ポール・ヴェルレーヌの秋の歌(フランス語: Chanson d'automne(シャンソン・ドートンヌ))である。

 日本語訳は、外に金子光晴、窪田般彌の訳がある。次の三つのうち上田敏の調べが好い。

原文 上田敏 訳 堀口大學 訳
Les sanglots longs
Des violons
De l'automne
Blessent mon c?ur
D'une langueur
Monotone.
Tout suffocant
Et bleme, quand
Sonne l'heure,
Je me souviens
Des jours anciens
Et je pleure;
Et je m'en vais
Au vent mauvais
Qui m'emporte
Deca, dela,
Pareil a la
Feuille morte.
秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。
げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。
秋風の
ヴィオロンの
節(ふし)ながき啜泣(すすりなき)
もの憂き哀しみに
わが魂を
痛ましむ。
時の鐘
鳴りも出づれば
せつなくも胸せまり
思ひぞ出づる
来(こ)し方に
涙は湧く。
落葉ならね
身をば遣(や)る
われも、
かなたこなた
吹きまくれ
逆風(さかかぜ)よ。


 さあ、詩心が湧いて始まった12月をどう乗り切ろうか。

 詩心で詠っています五七五  三 竿  vs  あさり〜詩人ミやえ〜